発売日: 2015年12月18日(デジタル)
ジャンル: エレクトロロック、コメディロック、ヒップホップロック、ダンスパンク
概要
『Hard-Off』は、Bloodhound Gangが2015年にリリースした通算5作目のスタジオ・アルバムであり、10年の沈黙を破って届けられた“最後の悪ふざけ”とも言える、毒と笑いの総決算アルバムである。
前作『Hefty Fine』(2005)から実に10年。
デジタル限定で発表されたこのアルバムは、フィジカル販売もプロモーションも最小限で行われ、SNS時代の空気に逆行するかのように、ひたすら下品で、ひたすらくだらない内容を貫いている。
かつてのような大ヒットは狙わず、むしろ「分かる奴だけ笑えばいい」と開き直った姿勢が、逆にBloodhound Gangらしい潔さとして機能している。
サウンドはエレクトロ、インダストリアル、シンセポップ寄りで、従来のギターロック成分はやや減少。
その分、チープでダンスフロア向きなビートに乗せて、変態ジョークや時事ネタをぶつけてくる“デジタル以降のバカ音楽”として進化している。
全曲レビュー
1. My Dad Says That’s for Pussies
冒頭から“男らしさ”と父親の価値観をネタにしたミソジニー風皮肉。
スポーツ、暴力、性を通じて「パパの教え」をギャグに昇華する。
タイトルからして笑いを取りにいってる潔さが秀逸。
2. Dimes
ファンク調のビートに乗せて、“女性は10セント玉(10点満点)”という最悪の例えを披露。
だがその実、自己評価の低さと恋愛の徒労が裏に見え隠れする一曲。
自虐の妙が効いている。
3. Clean Up in Aisle Sexy
スーパーでの妄想をテーマにした、セクシャル・ファンタジー×日常風景のミックス。
チープなシンセと過剰なエコーが笑いを誘うエレクトロ・ナンバー。
4. American Bitches
アメリカ人女性に対する偏見ギャグのオンパレード。
アウトスレスレの表現が続くが、むしろ白人男性社会の病理を鏡写しにしているようにも感じられる。
歌詞以上に、ビートとメロディのクオリティが高い。
5. Uncool as Me (feat. Joey Fatone)
元NSYNCのJoey Fatoneがゲスト参加。
“ダサい奴らの友情”をテーマにした、セルフパロディ型の友情賛歌。
ネタでありながら本気っぽいメロディが意外と沁みる。
6. Chew Toy
ペット用の“噛みつき玩具”を性的メタファーにしたギャグソング。
変態性をチップチューン風の軽快なサウンドで包んでいて、中毒性が高い。
7. Socially Awkward Penguin
ネットミーム“ソーシャリー・オークワード・ペンギン”をそのまま曲に。
オタク・非モテ・陰キャのあるあるネタが炸裂する、“インターネット時代のラップ・バカ歌”。
8. Diary of a Stranger
本作中もっとも異質なトーンの楽曲。
暗く、不穏で、もはやパロディというより真の不安障害的モノローグとして迫ってくる。
Bloodhound Gangの“笑えない側面”を垣間見る稀有な一曲。
9. Think Outside the Box
メタファーと比喩だらけの哲学系(風)バカソング。
「既成概念を壊せ!」という自己啓発っぽいテーマを、意味のない言葉遊びで破壊する。
聴けば聴くほど“何も残らない”潔さ。
10. Hooray for Boobies (Acoustic Demo)
名盤『Hooray for Boobies』へのセルフオマージュ。
だがこれはアコースティックな“デモという嘘”で、途中でふざけ始めるメタ演出が冴える。
11. Bumbled Bee
アナログシンセ暴走+動物鳴き声のコラージュで構成されたノイジーなインタールード。
実験音楽とバカの融合。
誰も求めていないのに、なぜか笑える。
12. Back in the Day
懐古系トラックに見せかけて、過去もダサかった/未来もダサいという真理を突きつける皮肉なナンバー。
音楽的には90年代風ヒップホップをオマージュ。
13. Honey Clit
最後にして最大級の下ネタソング。
クンニリングスと蜂蜜の甘さを合体させた言語破壊トラック。
性的であることにすら飽きてギャグ化する終末感。

総評
『Hard-Off』は、Bloodhound Gangが10年のブランクを経て、“俺たちは変わらない”という開き直りを堂々と突き付けた作品であり、“笑いを信じる最後のロックバンド”としての美学を貫いた一枚である。
全編にわたって下ネタ、差別ギリギリ、オタクネタ、音ネタが縦横無尽に展開されるが、その裏には、ポップカルチャーが過剰に洗練されていく中で失われた“バカの自由”を守る意志が確かに存在している。
時代の流れに合わせて自己検閲していくどころか、むしろ逆行しながら開き直るその姿は、今や貴重な“汚れ役”としてのロックンロールであり、このアルバムは、その最後の証言集でもある。
おすすめアルバム
- Die Antwoord / Donker Mag
過激×ユーモア×ネット時代の反逆。 - The Lonely Island / Turtleneck & Chain
ギャグと音楽の両立における現代の成功例。 - Ylvis / The Expensive Jacket
バカを本気でやるという文化圏的共鳴。 - Weird Al Yankovic / Mandatory Fun
風刺とおふざけを極めたポップパロディの名盤。 - Electric Six / Switzerland
バカに見せかけた鋭さ、という観点で共通。
歌詞の深読みと文化的背景
『Hard-Off』は、ミーム文化、ポリコレ時代、SNS疲労が蔓延する2010年代の空気に真っ向から抗ったアルバムである。
Bloodhound Gangは、そもそも「言ってはいけないことを言うことで笑いを生む」という不謹慎ギャグの伝統を引き継ぎながら、その不快さを“無意味さ”で中和するという新たなアプローチを試みている。
もはや“攻撃”ですらなく、“無関心のなかで暴れる”という終末的パンク。
『Hard-Off』は、そうした意味で、ロックとギャグが最後に手を結んだ時代の空騒ぎとして記憶されるべきアルバムである。
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