1. 歌詞の概要
「Grounded（グラウンデッド）」は、Pavement（ペイヴメント）が1995年にリリースした3rdアルバム『Wowee Zowee』に収録された楽曲であり、その重厚で内省的なサウンドと、抽象的かつ不穏なリリックによって、アルバム内でも異彩を放つナンバーである。
“Grounded”という言葉は、地に足がついていること、あるいは行動の制限、飛行機などの運航停止といった多義的な意味を持っており、この曲の世界観にふさわしい曖昧さと緊張感をもたらしている。歌詞は明確なストーリーを語ってはいないが、病院、富裕層、腐敗と美徳、無関心と良心といった断片的なイメージが浮かび上がり、現代社会における“静かな狂気”をじわじわと描いていくような印象を与える。
全体を通じて感じられるのは、社会に対する皮肉と、感情の鈍化を逆説的に鋭く伝える冷徹な視線であり、Pavementが持つ“感覚のよじれ”を最も端的に表現した楽曲のひとつである。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Wowee Zowee』は、前作『Crooked Rain, Crooked Rain』の成功を経てリリースされた作品でありながら、当時のリスナーを大いに困惑させたアルバムとしても知られている。多様なジャンルを縦横無尽に行き来する収録曲たちは、ポップな旋律を持つものもあれば、ノイズにまみれた混沌もあり、その中に「Grounded」のような重苦しくも美しい楽曲がしっかりと存在している。
この曲は当初、よりシンプルでキャッチーなアレンジで録音される予定だったが、マルクマスの意向によって最終的には現在のようなスローでドローン感のあるスタイルへと変貌を遂げたと言われている。その判断が、この楽曲の詩と音との“沈殿するような感触”を見事に一致させているのは言うまでもない。
また、歌詞に登場する“病院”や“処方箋”、“ラグジュアリー・ウィング（高級病棟）”といった語彙は、制度化された医療や、階級によって分断されたケアの在り方への皮肉とも取れ、Pavementなりの“アメリカ批評”が見え隠れしている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Grounded」の印象的な一節を抜粋し、和訳とともに紹介する。
Doctor’s leaving for the holiday season
医者はホリデーシーズンでどこかへ行ってしまったGot crystal ice picks, no gift for the gab
氷のように鋭いピック──でもおしゃべりの才能は持ち合わせていないAnd in the parking lot is the sedan he bought
駐車場には、彼が買った高級車が停まっているAt the time of the year
ちょうどこの時期にWhen ground is grounded
地面はすでに凍りつき、すべてが“地に落ちている”
出典：Genius – Pavement “Grounded”
4. 歌詞の考察
「Grounded」のリリックは、断片的で詩的でありながら、社会構造や人間関係の歪みを鋭くなぞるような冷静さを持っている。
冒頭で描かれる“ホリデーで出払った医者”と、駐車場に停まる“セダン”という描写は、医療の本質ではなく特権や利潤に支配された構造を皮肉っているように見える。「氷のピック」は治療のためのツールである一方、どこか暴力的な象徴にも映り、温度のない冷たさ──つまり“関心の欠如”を示している。
「ground is grounded」というフレーズのダブルミーニングも印象的だ。地面が凍っているという物理的な状態と同時に、すべてのものが停止し、隔離され、動きを奪われているような無力感も表している。まるで“社会そのものが硬直してしまった”かのような、不穏な空気が漂っている。
この曲の語り手は怒っているのでも、叫んでいるのでもない。むしろ“静かに絶望している”のだ。だからこそ、その言葉のトーンは冷たく、そして深く胸に刺さってくる。
また、後半で登場する「So drunk in the august sun」という回想的な一節は、現在の“凍りついた時間”と対照的に、かつての情熱や放埓さをぼんやりと想起させる。ここには、“時間によって干からびていく感情”や、“老いていく自分”への薄い諦めすら感じられる。
※歌詞引用元：Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Type Slowly by Pavement
同アルバム収録のスロー・バラード。不安定な語りと静けさのなかに潜む不穏さが魅力。 - Fight This Generation by Pavement
世代論とアイデンティティへの煩悶が交錯する、爆発寸前の張り詰めたナンバー。 - No Distance Left to Run by Blur
喪失感と諦念を美しく歌い上げた、同時代イギリス勢の痛切なバラード。 - Nude by Radiohead
音数の少なさとボーカルの空間性が、情感の揺らぎを増幅させる名曲。 - Disintegration by The Cure
感情の澱と暗い美しさが溶け合った、“崩壊”の音楽としての名作。
6. 静かに絶望することの美学──Pavementの影の真骨頂
「Grounded」は、Pavementの作品のなかでも最も沈静で、最も内省的な一曲である。
明確な怒りも爆発もない。ただ淡々と語られる、**“心が少しずつ冷えていくプロセス”**がここにはある。
Pavementはよく、“ふざけたバンド”や“インディーの皮肉屋”として語られる。
だがこの曲が教えてくれるのは、彼らの本質がいかに真面目で、繊細で、誠実であったかということである。
何も叫ばず、何も主張しない──
それでも、この歌には明確な“痛み”がある。
それは、誰にも見せずに凍えているような、
静かなる悲鳴のような歌なのだ。
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