
発売日: 2013年6月4日
ジャンル: オルタナティブ・ポップ、アコースティック・ロック、アダルト・コンテンポラリー
『Grinning Streak』は、カナダのポップ・ロック・バンド Barenaked Ladies が2013年に発表した10作目のスタジオ・アルバムである。
2009年のスティーヴン・ペイジ脱退以降、4人体制でのバンド運営が安定し、新たなバランスを確立した彼らが放つ、“成熟と軽快さの融合”を象徴する作品である。
アルバムタイトル「Grinning Streak(=笑顔の連鎖)」は、苦難を乗り越えた彼らが前向きなエネルギーを取り戻したことを示唆している。
前作『All in Good Time』(2010)が“再生”の物語であったとすれば、本作は“光を見つけた後の希望”を描く。
バンドの持ち味であるウィットと温かみ、そして円熟したポップセンスが調和した、後期Barenaked Ladiesの代表的アルバムといえる。
プロデュースはガヴィン・ブラウン(Billy Talent、Metricなど)とバンド自身が共同で担当。
彼の手腕によって、アコースティックな優しさと現代的なポップ・ロックの軽やかさが見事に融合している。
シンプルながらも洗練されたメロディライン、そして“人生の小さな喜び”をテーマにした歌詞が印象的だ。
3. 全曲レビュー
1曲目:Limits
静かなイントロから始まり、徐々にビートが立ち上がるオープニング。
“限界なんて本当はない”というポジティブなメッセージが、アルバム全体のトーンを決定づける。
ロバートソンの優しいボーカルとバンドのハーモニーが心地よい。
2曲目:Boomerang
軽快でラジオフレンドリーなポップ・チューン。
“投げた想いはいつか自分に返ってくる”という恋愛の寓話を、キャッチーなフックで表現する。
ストリングスやシンセの装飾が巧みで、シングルとしての完成度が高い。
3曲目:Off His Head
ユーモラスで少し風変わりなアップテンポ曲。
「彼はちょっとおかしいんだ」と語るような皮肉混じりの歌詞がBnlらしい。
リズムのアクセントが多く、ライブでは観客を自然と笑顔にするタイプのナンバー。
4曲目:Gonna Walk
“歩き続けること”を人生の比喩として描いたロック・ナンバー。
“僕はまだ歩き続ける、どんな時も”という歌詞が、バンドの継続する意志そのものを表している。
軽快なギターリフとドラムの推進力が心地よく、爽やかな高揚感を与える。
5曲目:Odds Are
アルバムのハイライトのひとつ。
“悪いことが起こる確率より、良いことが起こる確率の方が高い”という前向きな哲学をポップに歌う。
エド・ロバートソンの声が明るく弾み、ポジティブなメッセージがそのままリスナーの背中を押す。
後期Bnlの代表曲として、ファンからの支持も高い。
6曲目:Keepin’ It Real
軽いファンク要素を取り入れたナンバー。
“本物でいよう”というテーマが、自然体の彼らを象徴している。
遊び心と誠実さのバランスが絶妙で、90年代Bnlの軽快さを思い出させる。
7曲目:Give It Time
穏やかで感情的なバラード。
“時間がすべてを癒す”という普遍的なメッセージが込められている。
アコースティック・ギターの温もりとストリングスの優しさが、ロバートソンのボーカルを柔らかく包み込む。
8曲目:Duct Tape Heart
ポップで少しカントリー風のテイストを持つ楽曲。
“壊れた心をガムテープで直す”というユーモラスな比喩が、彼ららしい人間味を感じさせる。
軽やかなコーラスとメロディが印象的で、笑いと優しさが共存する1曲だ。
9曲目:Blacking Out
ややダークで内省的なトーンを持つ中盤のアクセント。
タイトルどおり“意識を失うほどの混乱”を描きつつも、曲全体は冷静で洗練されている。
人生の“迷い”をクールに表現したBnlの新境地。
10曲目:Did I Say That Out Loud?
ロックとポップのバランスが絶妙な軽快チューン。
“つい口に出してしまった”というテーマをコミカルに描く。
初期Bnlの皮肉と、成熟したサウンドが見事に融合した一曲。
11曲目:Daydreamin’
ジャズやブルーアイドソウル的なニュアンスを感じさせるリラックスした楽曲。
夢想と現実のあいだをふわりと漂うようなムードが心地よい。
メロウで温かい後半の空気を作り出す。
12曲目:Smile
アルバムタイトルを象徴するような、柔らかいクロージング・ナンバー。
“笑顔でいれば、世界は変わる”というメッセージが静かに響く。
ピアノとコーラスによる穏やかなエンディングが、聴き手に優しい余韻を残す。
4. 総評(約1300文字)
『Grinning Streak』は、Barenaked Ladiesが“成熟した笑顔”を取り戻した作品である。
スティーヴン・ペイジ脱退以降、バンドは一時的に静かなトーンへと移行したが、本作では再び軽やかさと明るさを前面に押し出している。
その明るさは、単なる楽観主義ではなく、“人生の痛みを知った上での希望”という、より深いレイヤーを持つ。
特筆すべきは、エド・ロバートソンのリーダーシップと表現力の円熟だ。
彼のヴォーカルは以前よりも穏やかで、包容力を増している。
「Odds Are」や「Gonna Walk」などにおける歌声は、希望のメッセージを無理なく届ける“語り手”としての説得力を備えている。
また、ケヴィン・ヘーンやジム・クリーガンらのソングライティング参加も、作品に幅と彩りを加えている。
サウンド面では、アコースティックとデジタルのバランスが洗練されている。
前作『All in Good Time』が生演奏中心の骨太な質感を志向していたのに対し、『Grinning Streak』では軽やかなリズムとモダンなミキシングが特徴的だ。
エレクトリックなシンセ要素も控えめに取り入れられ、ラジオポップとしての完成度が高い。
それでいて、“過剰に作り込まない自然体の魅力”を保っているのがBarenaked Ladiesらしい。
歌詞は相変わらず温かくユーモラスだが、ここには中年期の穏やかな達観が漂う。
「Odds Are」では統計を題材に“人生を信じる”ことを語り、「Duct Tape Heart」ではユーモアで傷を癒す。
それらの背後には、“人生を楽しむとは、受け入れること”というテーマが一貫して流れている。
興味深いのは、アルバム全体に通底する“日常への回帰”である。
バンドはここで、世界的成功を追いかけるよりも、自分たちの生活と音楽の調和を重視している。
それが『Grinning Streak』の穏やかで人間的なトーンを作り出しているのだ。
そして何より、このアルバムは“ファンとともに笑い合う”ための作品である。
どの曲もステージで自然に演奏できるように構成されており、ライブバンドとしてのエネルギーを取り戻したBnlの姿が見える。
『All in Good Time』での“立ち上がり”の次に訪れた、“歩きながら笑う”瞬間――それが『Grinning Streak』なのである。
5. おすすめアルバム(5枚)
- All in Good Time / Barenaked Ladies (2010)
前作。喪失から再生へ向かう誠実なトーンが『Grinning Streak』の礎となった。 - Barenaked Ladies Are Me / Barenaked Ladies (2006)
穏やかなメロディと優しい語り口。成熟したポップ・サウンドの原点。 - Stunt / Barenaked Ladies (1998)
Bnlの代表作。『Grinning Streak』の軽快さのルーツがここにある。 - Matchbox Twenty / North (2012)
同時代のアダルト・ポップ・ロックとして好相性。円熟のポジティブさが共通。 - Jason Mraz / Love Is a Four Letter Word (2012)
穏やかで肯定的なメッセージを持つ作品。『Grinning Streak』と響き合う。
6. 制作の裏側
『Grinning Streak』のレコーディングは、トロントとバンクーバーの複数スタジオで行われた。
プロデューサーのガヴィン・ブラウンは、バンドの生演奏を最大限に生かしつつ、現代的なポップ・プロダクションを融合させた。
また、メンバー全員が家庭を持ち、落ち着いた生活を送る中で制作されたこともあり、アルバムには“等身大の幸福感”が自然に滲み出ている。
タイトルの「Grinning Streak」は、ロバートソンがスタジオで口にした「最近ずっと笑ってるな(I’m on a grinning streak)」という一言から生まれたという。
7. 歌詞の深読みと文化的背景
本作のリリース当時、世界ではSNSの拡大やデジタル化が急速に進み、人々のコミュニケーションが“軽く”“速く”なっていた。
その中で『Grinning Streak』は、あえて“スローでリアルな幸福”を描いている。
“Odds Are”の楽観主義や“Give It Time”の忍耐は、デジタル時代の焦燥感に対する優しい抵抗のようでもある。
Bnlの音楽はここで、笑顔を装うのではなく、“心から笑うための方法”を再確認しているのだ。
8. ファンや評論家の反応
『Grinning Streak』はリリース直後、カナダ・アルバムチャートでトップ10入りを果たし、批評家からも“ポジティブで成熟した名作”として評価された。
特に「Odds Are」はファンの間で大人気となり、シングルはカナダでゴールド認定を獲得。
評論家は「Barenaked Ladiesは過去の影に囚われず、現在の幸せを描くことに成功した」と評している。
ライブでも“笑顔で生きる”というテーマが強調され、観客との一体感が復活した時期として語り継がれている。
結論:
『Grinning Streak』は、Barenaked Ladiesが人生の第3章へと進んだことを示す、希望と余裕に満ちたアルバムである。
そこには“再出発の痛み”も“成功のプレッシャー”もなく、ただ自然体の彼らがいる。
人は傷ついても、また笑うことができる――そんな普遍的な真理を、Bnlは軽やかに、しかし深く奏でている。
それこそが“笑顔の連鎖”の本当の意味なのだ。


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