Good Times Roll by The Cars(1978)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Good Times Roll(グッド・タイムズ・ロール)」は、The Carsが1978年にリリースしたセルフタイトルのデビュー・アルバム『The Cars』のオープニングを飾る楽曲であり、バンドの音楽的姿勢と皮肉なユーモアが凝縮された名曲である。

一見すると、「楽しい時間を過ごそう」という陽気なパーティーソングに見えるが、実際にはそれとは真逆の意味が込められている。
リック・オケイセックが意図したのは、“ロックの常套句”を引き写すことで、アメリカン・ロック文化が抱えるステレオタイプ——享楽主義、享楽的な愛、虚構の青春像——へのアイロニカルな批評だった。

「Let the good times roll(楽しい時間を始めよう)」というフレーズは、何十年もロックやR&Bで繰り返されてきた言葉だが、ここでは感情を排したクールなボーカルと、緩慢で空虚なサウンドによって、“楽しさそのものの空虚さ”が浮かび上がってくる。
この曲は、「楽しんでいる“ふり”をしながら、本当は何も感じていない時代の若者たち」を、鮮やかに切り取っているのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

The Carsのデビュー作は、1970年代末のニューウェイヴとパワーポップのクロスオーバーの象徴的作品とされ、従来のギター主導のロックに対して、冷静でテクノロジカルな音像を持ち込んだことで注目を集めた。

「Good Times Roll」は、アルバムの幕開けにして、バンドの“感情を排した美学”を最も端的に示した一曲である。
リック・オケイセックによれば、この曲はまさに“風刺としてのロックンロール”であり、楽しさを真に描いているのではなく、「楽しむことを強要される社会」への反発である。

また、ベンジャミン・オールによる冷たいハーモニー、グレッグ・ホークスのシンセによる機械的な装飾、エリオット・イーストンの短く鋭いギターなど、すべてが“疎外された感情”を表現するために緻密に構成されている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – The Cars “Good Times Roll”

Let the good times roll
楽しい時間を始めようじゃないか

Let them knock you around
振り回されるままにしておけばいいさ

Let the good times roll / Let them make you a clown
楽しい時間に身をまかせろよ
ピエロにされることだってあるだろうけど

Let them leave you up in the air / Let them brush your rock and roll hair
空中に放り出されたっていい
ロックンロール風の髪をなでられたってさ

4. 歌詞の考察

この曲の核心は、タイトルそのものへの皮肉にある。
「Let the good times roll」というフレーズは、かつては自由や享楽、青春の代名詞だったが、ここではその意味が空洞化している。

語り手は、楽しさを勧めながらも、同時に「振り回されろ」「ピエロになれ」と命じる。
その命令は命令というより、“すでにそうなってしまっている現代人”への冷たい観察であり、しかもそれを“楽しげな口調”で語るところに、鋭いアイロニーが宿っている。

また、「Let them brush your rock and roll hair」というラインは、ロックのファッションや外見に頼る偽りのアイデンティティを皮肉っており、リック・オケイセックの“ロック・スター”に対する醒めた視線が明確に表れている。

このように、「Good Times Roll」は、歌詞・演奏・プロダクションすべてにおいて、“皮肉を音にする”というニューウェイヴ的手法の頂点のひとつといえる。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Love Is the Drug by Roxy Music
    享楽主義とアイロニーの混在する歌詞世界。Good Times Rollの精神的祖先のような存在。
  • Talking HeadsPsycho Killer
    表層のポップさと内面の狂気が交差する名曲。感情の“なさ”を描くアプローチが共通。
  • My Best Friend’s Girl by The Cars
    同じアルバムからのもうひとつの皮肉なラブソング。ポップさの裏に冷笑を宿す。
  • Modern Love by David Bowie
    “愛”という概念に対する近代的懐疑をポップに描いた名曲。タイトルの二重性が共鳴する。

6. 「楽しい」って、誰の言葉だ?

「Good Times Roll」は、“ロックは楽しまなければならない”という大前提に対して、冷ややかな疑念を突きつける楽曲である。
それはまるで、「楽しむことが義務になった時代」の予兆でもあり、感情の均質化、享楽の制度化、若者文化のコモディティ化に対する鋭い批評でもある。

The Carsは、あくまで“表情を変えずに”それをやってのけた。
だからこの曲は、聴く者に高揚感を与えると同時に、“この気分は本物なのか?”と問いかけてくる。

「Good Times Roll」は、パーティーの始まりではなく、むしろ“パーティーの終焉”を告げる曲なのかもしれない。
そしてその冷たい笑みこそが、The Carsというバンドの最大の美学なのだ。


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