発売日: 2012年10月22日
ジャンル: ヒップホップ
- アルバム全体のレビュー
- 各トラックレビュー
- 1. Sherane a.k.a Master Splinter’s Daughter
- 2. Bitch, Don’t Kill My Vibe
- 3. Backseat Freestyle
- 4. The Art of Peer Pressure
- 5. Money Trees (feat. Jay Rock)
- 6. Poetic Justice (feat. Drake)
- 7. good kid
- 8. m.A.A.d city (feat. MC Eiht)
- 9. Swimming Pools (Drank)
- 10. Sing About Me, I’m Dying of Thirst
- 11. Real (feat. Anna Wise)
- 12. Compton (feat. Dr. Dre)
- アルバム総評
- このアルバムが好きな人におすすめの5枚
アルバム全体のレビュー
Kendrick Lamarのメジャーデビューアルバム、good kid, m.A.A.d cityは、「短編映画」とも称される壮大な物語を、音楽というキャンバスで鮮やかに描いた作品である。本作は、彼の故郷であるコンプトンの生活、誘惑、暴力、希望を鋭く描写したもので、彼の少年時代を通じた成長と葛藤を軸に展開する。
Dr. Dreがエグゼクティブプロデューサーを務め、Interscope RecordsとTop Dawg Entertainmentからリリースされたこのアルバムは、ストリートの現実を直接的に描きながら、リリシズムの奥深さと音楽的な野心でリスナーを惹きつける。アルバム全体が、ナレーションやスキットによって一つの物語として繋がっており、「音楽アルバム」という形式を超えたアート作品と言える。Lamarの冷静かつ情熱的な語り口はリスナーをその世界に引き込み、まるで映画を見ているかのような感覚を与える。
彼の幼少期の経験、そしてその経験がどのように彼を形成したかを深掘りすることで、Lamarは個人的な物語を語りつつ、普遍的なテーマに触れることに成功している。「何が若者を育むのか」「暴力や薬物がはびこる中で、どのように希望を持ち続けるのか」という問いが、このアルバムを貫くテーマだ。本作はリリース当時のヒップホップ界に衝撃を与え、批評家からも高く評価され、Kendrick Lamarを現代ヒップホップの最前線に押し上げた作品だ。
各トラックレビュー
1. Sherane a.k.a Master Splinter’s Daughter
アルバムの幕開けとなるこのトラックは、Lamarのティーンエイジャーとしての淡い恋愛と欲望を描くが、それと同時に危険と誘惑に満ちた世界の影も見え隠れする。穏やかなビートと重厚なベースラインが、彼の語りに不穏な緊張感を加える。特に、「彼女の家までの道のり」というシンプルな行為が、アルバム全体のドラマチックな展開の序章となる点が秀逸だ。
2. Bitch, Don’t Kill My Vibe
美しいメロディラインとメランコリックなトーンが特徴のこの楽曲は、Lamarが芸術性と誠実さを守るための葛藤を表現している。彼のソフトなフロウと繊細なビートが調和し、聴く者の心に静かに響く。「成功の中で自分を見失わない」というテーマは、音楽業界にいる多くの人々にとっても普遍的だろう。
3. Backseat Freestyle
マイクの前で無敵になった若きLamarが炸裂するこのトラックは、彼のティーンエイジャー時代の自信過剰で野心に満ちた姿を映し出す。「全てを征服したい」という気持ちを荒々しいビートに乗せて表現したこの曲は、アルバムの物語の中でも重要な転換点を形成している。
4. The Art of Peer Pressure
スキットから流れるように始まるこの楽曲は、Lamarが友人たちと一緒に犯罪行為に手を染めるエピソードを描写する。ビートは不穏で緊張感が漂い、物語が進むにつれてその緊張感は増していく。「一緒にいると、僕は変わる」という歌詞が痛烈で、仲間の影響力が持つ破壊的な力を考えさせられる。
5. Money Trees (feat. Jay Rock)
ソウルフルなサンプリングと軽快なビートが印象的なこの曲は、金銭的成功とその代償について語る。Jay Rockの存在感あるヴァースも光るが、Lamarの「It’s all about the dollar bills」というリフレインが特に胸に響く。どこか哀愁を帯びたメロディが、夢と現実の狭間を表現している。
6. Poetic Justice (feat. Drake)
ドレイクとのコラボレーションで、滑らかなビートに乗せたラブソング。「詩的な正義」とは、愛と苦痛が奇妙にバランスを取る様を指しているのかもしれない。サンプリングされた声とゆったりとしたテンポが、この曲にエモーショナルな雰囲気を加えている。
7. good kid
タイトルにもある「good kid」という言葉を中心に、Lamarは自分がいかに暴力や犯罪から距離を置きたかったかを歌う。揺れるようなビートとLamarのフロウが、彼の内なる葛藤を描写している。曲の最後で語られる祈りのようなリリックが特に印象的だ。
8. m.A.A.d city (feat. MC Eiht)
コンプトンの過酷な現実を叩きつけるように表現したこの曲は、アルバムの中でも最も攻撃的なトラックの一つだ。MC Eihtの重厚な存在感が曲をさらに引き締め、Lamarのトラウマ的な過去の体験が赤裸々に語られる。「マッドシティ」の名前に相応しい、緊張感と怒りに満ちた一曲。
9. Swimming Pools (Drank)
アルコール中毒をテーマにしたこの曲は、表面上はパーティーソングのように聞こえるが、その歌詞は暗く鋭い。Lamarが自身の家庭環境やアルコールとの関係を語る中で、聴く者に自己反省を促す力を持つ。特に「プールに飛び込む」というメタファーが印象的だ。
10. Sing About Me, I’m Dying of Thirst
12分を超える大作で、アルバムの中でも最も感動的なトラックの一つ。亡くなった友人たちへの追悼や、自分の死生観を深く掘り下げていく。Lamarの語りが生々しく、まるで一人称の小説を読んでいるかのようだ。
11. Real (feat. Anna Wise)
自己発見をテーマにしたこのトラックは、アルバムのクライマックスとして機能する。Anna Wiseのソウルフルなコーラスが、Lamarの問いかけを引き立てる。「本当の自分とは何か?」という普遍的なテーマが響く一曲だ。
12. Compton (feat. Dr. Dre)
アルバムのフィナーレにふさわしい、力強いトラック。Dr. Dreとの共演は、世代を超えたコンプトンの象徴とも言える。Lamarの誇りと感謝が詰まったこの曲は、彼のルーツへの回帰であり、未来への決意表明でもある。
アルバム総評
good kid, m.A.A.d cityは、Kendrick Lamarの物語の深みと音楽的な才能を存分に示すアルバムであり、ヒップホップの可能性を広げた革新的な作品である。リスナーを感情的な旅へと誘い、彼の故郷や過去、そして自分自身を探る過程に共感を覚えずにはいられない。リアルさと芸術性が見事に融合した本作は、ヒップホップの金字塔として語り継がれるだろう。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
To Pimp a Butterfly by Kendrick Lamar
Kendrickの次作で、より社会的・政治的なテーマを掘り下げた傑作。ジャズやファンクを取り入れた多彩なサウンドが魅力。
Illmatic by Nas
ヒップホップのクラシックアルバムで、若き日のNasがニューヨークのストリートを詩的に描写している。
The Chronic by Dr. Dre
Kendrickを発掘したDr. Dreの代表作。西海岸ヒップホップの黄金時代を象徴する一枚。
My Beautiful Dark Twisted Fantasy by Kanye West
壮大なサウンドと深いテーマが特徴のアルバム。アートとしてのヒップホップを感じられる。
Section.80 by Kendrick Lamar
good kid, m.A.A.d cityの前作で、彼のリリシズムとストーリーテリングの片鱗を堪能できる。
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