1. 歌詞の概要
「God Is the Space Between Us（ゴッド・イズ・ザ・スペース・ビトウィーン・アス）」は、スコットランド出身のプロデューサー Barry Can’t Swim（バリー・キャント・スイム） が2023年にリリースしたデビューアルバム『When Will We Land?』のラストを飾る楽曲であり、人と人の間に存在する“目に見えないつながり”を神聖なものとして描いた、荘厳かつ内省的なクロージング・トラックである。
タイトルの一文「God is the space between us（神は私たちの間にある空間だ）」という表現には、宗教的というよりもむしろ哲学的・詩的なニュアンスが漂っており、距離や沈黙、間合いといったものの中にこそ愛や共鳴、理解が宿っているのではないかというメッセージが込められている。
この楽曲は、アルバム全体を通して描かれてきた旅路の終着点として、聴き手を“音”という存在の源へと回帰させるような構造を持っている。
2. 楽曲のバックグラウンド
Barry Can’t Swim（本名：Joshua Mannie）は、エレクトロニック・ミュージックをベースにしながらも、ジャズやソウル、アフロビート、ポストクラシカルの要素を自由に融合させるアーティスト。
彼は「感情と音の接点」に敏感な作風で知られており、本アルバム『When Will We Land?』は、“記憶と場所”“時間と音楽”“自己と他者”をテーマに制作された作品である。
その最終トラックである「God Is the Space Between Us」は、あらゆる感情やビートが収束したあとに訪れる、静かな浄化と回想の時間であり、聴き手が“自分自身”や“他者との関係”をそっと見つめ直すための音の余白として設計されている。
このタイトルは、ローレンス・クラダンやスーザン・ソンタグといった哲学者が語る**“空間”の意味性＝存在と存在のあいだにあるものこそが最も重要だという思想**とも深く共鳴している。
3. 曲の印象と構成的特徴
「God Is the Space Between Us」は、アルバムの中で最も瞑想的でアンビエント色の強い楽曲である。
- 冒頭は深く響くドローンと遠くでさざめくようなノイズで始まり、まるで夢の記憶の中にゆっくりと沈んでいくような感覚を生む。
- 徐々に、ピアノやストリングスのような音色が水彩画のように滲み出てくるが、明確な旋律は最後まで提示されず、空間の“質感”そのものがメロディの代替として機能する。
- ビートは排除されており、音が音である前に“空気”や“距離”として存在しているような、徹底的な静寂の美学が貫かれている。
- 後半にかけて現れるボーカルサンプル（ほとんど囁きのような声）は、言葉ではなく感情のテクスチャとして使われ、存在するという行為そのものを祝福するような静けさをまとっている。
このトラックは、“終わり”を告げるのではなく、“気づき”へと誘う音楽的装置として構築されており、まさに“音と音の間に神がいる”というテーマを音そのもので体現している。
4. 楽曲の考察
「God Is the Space Between Us」は、Barry Can’t Swimというアーティストの音楽観そのものを凝縮した一曲であり、聴く者に多くの問いと余白を残していく。
タイトルにある「神」は、必ずしも宗教的な神ではない。
それはむしろ、「ふたりの人間の間にある理解」「ふたつの音の間にある沈黙」「過去と未来の間にある“今”」といった、**目に見えないが確かに存在する“関係性の神聖”**を指しているように思える。
この曲にはビートも展開もほとんどない。
しかしそのこと自体が、音楽というものが“音の連なり”ではなく“空間の共有”でもあるという哲学的視座を提示している。
私たちはふだん、誰かとつながることに焦り、言葉や行動で距離を埋めようとする。
だがこの曲は、その“埋まらない距離”にこそ、もっとも豊かな意味が宿るのだと静かに語りかけてくる。
そしてそれは、音楽という形式でしか届けられない、深く、静かな祈りである。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “By This River” by Brian Eno
静けさと余白の美学を突き詰めたアンビエントの名曲。関係性の沈黙と静寂を描く。 -
“Experience” by Ludovico Einaudi
繊細なピアノの反復が、感情の記憶と時間の流れを呼び起こす作品。 -
“Everything in Its Right Place” by Radiohead
電子音と空間のバランスがもたらす不安定な安心感。音と音の間が物語る。 -
“Resonance” by Home
ローファイな質感と空間性が郷愁を刺激する、ノスタルジーと静けさの融合。 -
“Weights” by Rival Consoles
感情の振動をミニマルな構造で描き出す、音と身体の間を繋ぐ作品。
6. 音のあいだに宿るもの——“存在と存在のあわい”に神を見る
「God Is the Space Between Us」は、Barry Can’t Swimが提示するひとつの到達点であり、
**“音楽は音そのものではなく、音の間に流れる感情や関係性を聴くものなのだ”**という美学の実践である。
この曲は語らない。
高揚させない。
動かそうともしない。
それでも、聴き終えた後に、何かが静かに変わっている自分に気づく。
それは、かつて誰かと交わした会話の余韻かもしれないし、
今はもう会えない誰かとの距離にある温もりかもしれない。
Barryはこの静けさのなかに、「終わり」ではなく「始まり」を宿した。
そしてその始まりとは、他者との間に神聖なスペースを許す、優しさの回復である。
「私たちのあいだにあるもの」——
それは、見えないけれど確かに存在する、世界で最も尊いものなのかもしれない。
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