
発売日:2013年9月30日
ジャンル:インディー・ロック、シューゲイザー、ドリーム・ポップ、オルタナティヴ・ロック、ノイズ・ポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Sunrise in Maple Shade
- 2. Out of Time
- 3. Lose My Breath
- 4. Memorial Fields
- 5. Middle Sea
- 6. Rebirth
- 7. Somewhere
- 8. Nothing New
- 9. Chinese Symbols
- 10. Thursday
- 11. Glow & Behold
- 12. Chinese Symbols Reprise
- 13. Somewhere Reprise
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. Yuck by Yuck
- 2. Souvlaki by Slowdive
- 3. Nowhere by Ride
- 4. And Then Nothing Turned Itself Inside-Out by Yo La Tengo
- 5. Bandwagonesque by Teenage Fanclub
- 関連レビュー
概要
Yuckの2作目のスタジオ・アルバム『Glow & Behold』は、2010年代前半のインディー・ロックにおいて、1990年代オルタナティヴ/シューゲイザーの影響を現代的な穏やかさへと置き換えた作品である。2011年のデビュー作『Yuck』は、Dinosaur Jr.、Sonic Youth、Pavement、Yo La Tengo、Teenage Fanclub、My Bloody Valentineといった1980年代末から1990年代初頭のギター・ロックを強く想起させるサウンドで注目された。荒いギター・ノイズ、ローファイな質感、甘いメロディ、気だるいヴォーカルを組み合わせたその作品は、2010年代のインディー・シーンにおける90年代リヴァイヴァルの象徴的な一枚でもあった。
しかし『Glow & Behold』は、前作の延長線上にありながら、その質感を大きく変えている。最大の変化は、フロントマンであったダニエル・ブルンバーグの脱退である。彼の不安定で神経質な歌声と、ざらついたソングライティングはデビュー作の核のひとつだった。彼が抜けたことで、Yuckは音楽的にも精神的にも再編を迫られた。本作では、マックス・ブルームが中心的な役割を担い、バンドのサウンドは前作のノイズ・ロック的な荒さから、より透明感のあるシューゲイザー/ドリーム・ポップ寄りの方向へ進んでいる。
アルバム・タイトル『Glow & Behold』は、「輝き」と「見よ」という言葉を組み合わせたような響きを持つ。ここには、光、視界、発見、静かな驚きといったイメージがある。実際、本作の音楽は、前作のようにギターの歪みで感情を押し出すのではなく、光が滲むような音像、ゆっくり広がるコード、穏やかなメロディによって構成されている。激しいノイズよりも、余韻と反射が重視され、感情も怒りや焦燥ではなく、喪失、回復、受容、郷愁の方向へ向かう。
本作の意義は、Yuckが単なる90年代オルタナティヴの再現バンドではなく、影響源を自分たちなりに再配置しようとした点にある。デビュー作では、参照元の存在がかなり明確に聞こえた。そこには若いバンドが自分たちの好きな音楽を全力で鳴らす初期衝動があった。一方、『Glow & Behold』では、影響関係はより柔らかく溶け込んでいる。The Jesus and Mary ChainやMy Bloody Valentineの残響、SlowdiveやRideの浮遊感、Teenage Fanclubのメロディ、Yo La Tengoの穏やかな内省が、より均質な音響の中に吸収されている。
キャリアにおける位置づけとして、『Glow & Behold』はYuckにとって転換点である。デビュー作の成功によって期待された「轟音ギター・バンド」としてのイメージをそのまま反復するのではなく、メンバー変更を契機に、より繊細でメロディアスな表現へ進んだ作品である。ただし、その変化は大きな商業的飛躍や劇的な刷新というよりも、バンドが自分たちの傷を静かに整え直す過程として聴こえる。結果として本作は、派手なインパクトよりも、聴き込むほどに音の柔らかさと感情の細やかさが伝わるアルバムになっている。
2010年代前半のインディー・ロック全体の文脈で見ると、本作はギター・ロックがメインストリームの中心から少しずつ後退する時代に、あえてギターの音色そのものの美しさを追求した作品でもある。電子音楽、R&B、ヒップホップの影響がインディー・シーンで強まる中、Yuckはギターの残響、コードの滲み、バンド・アンサンブルの柔らかい推進力に焦点を当てた。その姿勢は、流行の中心ではないが、インディー・ロックの持続的な魅力を示している。
日本のリスナーにとって『Glow & Behold』は、シューゲイザーやドリーム・ポップを入り口にしたインディー・ロック作品として聴きやすいアルバムである。前作『Yuck』のノイズとローファイ感に比べると、サウンドは滑らかで、メロディも穏やかである。轟音の刺激よりも、曇り空の光、夕暮れの余韻、部屋の中で静かに鳴るギターの温度を求めるリスナーに適した作品である。
全曲レビュー
1. Sunrise in Maple Shade
「Sunrise in Maple Shade」は、アルバムの序章として機能するインストゥルメンタル曲である。タイトルは「メイプル・シェイドの日の出」を意味し、作品全体の光と風景のイメージを最初に提示する。前作のような歪んだギターの衝撃で始まるのではなく、穏やかに音が立ち上がることで、『Glow & Behold』がより内省的で空間的なアルバムであることを示している。
音楽的には、ゆったりとしたギターの響きと、柔らかな残響が中心となる。曲は明確な歌メロを持たず、風景を描くように進む。シューゲイザーやドリーム・ポップにおいて、ギターは単にコードを弾く楽器ではなく、光や空気の質感を作る装置として使われる。この曲でも、音の輪郭は少しぼやけ、リスナーは朝の光がゆっくり差し込むような感覚へ導かれる。
歌詞がないため、意味はタイトルと音響によって形成される。日の出は新しい始まりを象徴するが、ここでの始まりは劇的な再出発ではない。むしろ、夜の後に静かに訪れる変化であり、バンドの再編後の状態を象徴している。Yuckはこの曲で、喪失の後にいきなり大きな宣言をするのではなく、まず音の光を置く。
アルバムの導入として、「Sunrise in Maple Shade」は非常に重要である。本作が、怒りや焦燥ではなく、回復と静かな視界の広がりをテーマにしていることを、言葉を使わずに伝えている。
2. Out of Time
「Out of Time」は、本作の中でも特にYuckの新しい方向性を明確に示す楽曲である。タイトルは「時間切れ」または「時代から外れている」という意味を持ち、バンドの状況とも重なる。フロントマンの脱退後、Yuckは前作の勢いをそのまま継続することが難しくなった。その不安を抱えながらも、この曲は穏やかなメロディと広がりのあるギターで前へ進んでいく。
音楽的には、ノイズ・ポップの荒々しさよりも、ドリーム・ポップ的な透明感が強い。ギターは歪んでいるが、攻撃的ではなく、音の膜のように広がる。リズムは安定しており、曲全体に柔らかな推進力を与える。ヴォーカルは控えめで、感情を大きく叫ぶのではなく、少し距離を置いて歌われる。この抑制が、本作の大きな特徴である。
歌詞では、時間、遅れ、変化への不安がテーマになっている。何かを失った後、あるいは取り残された後に、自分たちがまだ進めるのかを問うような感覚がある。「Out of Time」という言葉は、若いバンドが期待と過去のイメージに挟まれた状態を象徴しているとも読める。
この曲は、アルバムの本格的な始まりとして、Yuckがノイズの勢いではなく、メロディと残響によって自分たちを再定義しようとしていることを示す。派手な曲ではないが、作品全体の美学を形作る重要な一曲である。
3. Lose My Breath
「Lose My Breath」は、タイトル通り、息を失うような感覚、つまり圧倒されること、疲弊すること、あるいは感情によって呼吸が乱れることを扱う楽曲である。The Field Miceの同名曲を想起させるタイトルでもあり、インディー・ポップやドリーム・ポップの系譜とつながる響きを持っている。
サウンドは柔らかく、ギターの残響が全体を包み込む。シューゲイザー的な音の厚みはあるが、My Bloody Valentineのような轟音の圧力ではなく、SlowdiveやGalaxie 500に近い、穏やかに漂う感覚が強い。ヴォーカルは音の中に溶け込み、歌詞の意味よりも声の質感がまず耳に残る。
歌詞のテーマは、感情の消耗、関係性の不安、内側から力が抜けていくような状態にある。息を失うという表現は、恋愛の高揚にも使えるが、この曲ではそれだけではなく、疲れや喪失感も含んでいる。Yuckはその感情を劇的に表現せず、穏やかな音の中に沈めていく。
「Lose My Breath」は、本作のドリーム・ポップ的な側面を象徴する楽曲である。メロディは控えめだが、音の質感が美しく、アルバム全体の淡い光を支えている。感情を大きく言語化するのではなく、呼吸の変化のような微細な揺れとして描く点に、本作の成熟がある。
4. Memorial Fields
「Memorial Fields」は、タイトルからして記憶、追悼、風景を強く想起させる楽曲である。「記念の野原」あるいは「記憶の場」という言葉には、失われたものを静かに見つめる感覚がある。本作に流れる喪失と回復のテーマを、風景的なイメージで表現した曲と言える。
音楽的には、ギターの響きが広く、曲全体に開放的な空間がある。テンポは急がず、音はゆっくりと広がる。シューゲイザーやポスト・ロックにも通じる、風景を描くようなギター・サウンドが印象的である。派手なサビで感情を爆発させるのではなく、音の層が重なり、静かに感情を深めていく。
歌詞では、過去の記憶や失われた時間が示唆される。記念碑的なものは、過去を保存するために存在するが、それは同時に、過去が戻らないことを示すものでもある。この曲には、誰かや何かを忘れないようにする気持ちと、そこから離れていかなければならない気持ちが共存している。
「Memorial Fields」は、『Glow & Behold』の中でも特にアルバム・タイトルの「behold」、つまり「見つめる」という感覚と結びつく曲である。感情を解決するのではなく、静かに見つめる。その姿勢が、本作全体の美しさを支えている。
5. Middle Sea
「Middle Sea」は、本作の中でも比較的ポップな輪郭を持つ楽曲である。タイトルは「中間の海」を意味し、どこにも完全には属さない場所、移動の途中、境界にある感覚を連想させる。前作のギター・ポップ的な勢いを少し思い出させながらも、音像はより整えられている。
音楽的には、明快なギター・リフと親しみやすいメロディが中心となる。サウンドには疾走感があり、アルバムの中盤に動きを与えている。ただし、前作のような荒いノイズで押し切るのではなく、ギターの音色は比較的クリアで、全体のバランスも柔らかい。Yuckがポップ・ソングとしての強さを保ちながら、新しい穏やかな音像へ移行していることが分かる。
歌詞では、距離や移動、曖昧な位置にいる感覚が扱われていると考えられる。「Middle Sea」という言葉は、目的地ではなく、どこかへ向かう途中の場所を示すように響く。本作のYuck自身も、前作のイメージと新体制の間にいる。そうした過渡期の感覚が、曲の軽快さの中ににじんでいる。
この曲は、『Glow & Behold』の中で最も即効性のある楽曲のひとつであり、アルバム全体の静けさに対してほどよい明るさを加えている。Yuckのメロディ・センスがまだ健在であることを示す重要曲である。
6. Rebirth
「Rebirth」は、タイトルが示す通り、「再生」をテーマにした楽曲である。フロントマンの脱退後に制作された本作において、このタイトルは非常に象徴的である。Yuckはここで、自分たちが失ったものを嘆くのではなく、新しい形で立ち上がることを音楽的に示している。
サウンドは、静かな始まりから徐々に広がりを増していく。ギターは柔らかく、音の層は明るいが、完全な歓喜というよりも、慎重な希望に近い。再生とは、すべてをなかったことにすることではなく、過去を抱えたまま別の形へ変わることである。この曲の音像も、そのような穏やかな変化を反映している。
歌詞では、新しい始まりや自己の変化が示唆される。Yuckの音楽において、言葉はしばしば抽象的で、明確な物語を語るよりも感情の状態を描く。この曲でも、再生は劇的な宣言ではなく、ゆっくりと視界が開けていくような感覚として表現される。
「Rebirth」は、アルバムの精神的中心に位置する楽曲である。『Glow & Behold』は、喪失後の作品であると同時に、静かな再生の作品でもある。この曲は、そのテーマを最も直接的に示している。
7. Somewhere
「Somewhere」は、場所への憧れ、逃避、あるいは現在とは別の可能性を感じさせる楽曲である。タイトルの「どこか」は、非常に曖昧でありながら、強い感情を含む言葉である。ここでは、具体的な目的地よりも、今いる場所ではないどこかを求める気持ちが中心にある。
音楽的には、ドリーム・ポップ的な浮遊感が強く、ギターとヴォーカルが柔らかく溶け合う。曲は激しく展開するのではなく、一定の温度を保ちながら進む。音の中に余白があり、聴き手はそこに自分自身の記憶や風景を重ねることができる。
歌詞では、ここではない場所、今とは違う状態への願望が描かれる。これは若いバンドの逃避願望とも読めるし、人生の中で誰もが持つ「別の場所へ行けたなら」という感覚としても響く。Yuckはその感情を大げさに歌わず、淡々としたメロディの中に置く。
「Somewhere」は、『Glow & Behold』の内省的な美しさを支える楽曲である。タイトルの曖昧さが、かえって普遍的な感情を呼び起こす。どこかへ行きたいが、そのどこかが分からない。この感覚は、本作全体の穏やかな不安とよく重なっている。
8. Nothing New
「Nothing New」は、タイトル通り「新しいものは何もない」という諦念や皮肉を含んだ楽曲である。90年代オルタナティヴ・ロックへの強い影響を指摘されてきたYuckにとって、この言葉は自己批評的にも響く。新しさを求められるインディー・シーンの中で、過去の音楽を愛し、それを再び鳴らすことの意味が問われている。
音楽的には、穏やかなギター・ポップでありながら、メロディには少し苦味がある。サウンドは前作よりも滑らかで、ノイズは抑制されている。曲全体にあるのは、開き直りではなく、静かな受容である。すべてが完全に新しい必要はない。重要なのは、その音を今どのような感情で鳴らすかである。
歌詞では、反復、停滞、既視感がテーマになっていると考えられる。人生の中で、まったく新しい出来事など実は少なく、多くの感情は過去の繰り返しのように感じられる。しかし、その反復の中にも、その時々の微妙な違いがある。本曲は、その小さな差異を静かに見つめている。
「Nothing New」は、本作のメタ的な側面を示す楽曲である。Yuckの音楽が過去のギター・ロックの影響を隠さないこと、そのうえで自分たちの感情をどう表現するかを問うている点で、アルバムの中でも重要な位置を占める。
9. Chinese Symbols
「Chinese Symbols」は、タイトルに異国的な記号のイメージを含む楽曲である。ここでの「中国の記号」は、意味が分かりそうで分からないもの、視覚的には印象的だが、読み解くには距離があるものとして機能していると考えられる。Yuckの歌詞に多い、意味の曖昧さや感情の間接的な表現がよく表れたタイトルである。
サウンドは、穏やかで少し夢幻的である。ギターの響きはやわらかく、ヴォーカルは遠くから聞こえるように配置されている。曲全体に漂うのは、明確なメッセージではなく、記号やイメージが浮かんでは消えるような感覚である。
歌詞では、理解できないもの、言葉にできない感情、他者との距離が示唆される。記号は意味を伝えるためのものだが、その意味が読めないとき、むしろ距離や不安を生む。この曲は、人間関係や自己認識におけるそうした「読み取れなさ」を、静かな音響の中に置いている。
「Chinese Symbols」は、アルバムの中で特に抽象性の高い楽曲である。派手なフックよりも、音の雰囲気とタイトルの余韻によって印象を残す。『Glow & Behold』が言葉よりも光や気配を重視する作品であることを示す一曲である。
10. Thursday
「Thursday」は、曜日をタイトルにした楽曲であり、日常の中の特定の時間を切り取るような印象を持つ。木曜日は週末直前であり、平日と解放の間にある曜日である。この中間性は、アルバム全体に漂う過渡期の感覚ともよく合っている。
音楽的には、穏やかでメロディアスなインディー・ロックである。ギターはやわらかく鳴り、曲は過度に盛り上がらず、一定の落ち着いた温度を保つ。前作のような粗いロックの衝動は後退し、ここでは日常の感情を丁寧に扱う姿勢が前面に出ている。
歌詞では、特定の日に結びついた記憶や感情が描かれていると考えられる。曜日は、人生の大きな出来事ではなく、繰り返される日常を象徴する。しかし、その中のある一日が、後から振り返ると特別な意味を持つことがある。Yuckはそうした小さな記憶の重みを、静かなメロディに乗せている。
「Thursday」は、本作の控えめな美しさを象徴する曲である。大きなドラマではなく、日常の中にあるわずかな光を見つめる。『Glow & Behold』というアルバム・タイトルにふさわしい、穏やかな観察の音楽である。
11. Glow & Behold
タイトル曲「Glow & Behold」は、アルバム全体の美学を集約する楽曲である。「Glow」は光ること、ぼんやりと輝くことを意味し、「Behold」は見る、見つめるという古風で少し儀式的な響きを持つ言葉である。この組み合わせは、本作が光そのものではなく、光を見つめる状態を描いていることを示している。
音楽的には、ゆったりとしたテンポと広がりのあるギターが中心となる。音は柔らかく、シューゲイザー的な残響を持ちながらも、重く沈み込まない。むしろ、空気の中に漂う光の粒子のような質感がある。ヴォーカルも控えめで、声は音の中に溶け込み、曲全体が一つの風景として立ち上がる。
歌詞では、見つめること、受け入れること、何かを新しい視点で捉え直すことがテーマになっていると考えられる。タイトル曲であるにもかかわらず、ここには大きな宣言や劇的な結論はない。その代わり、アルバム全体で積み重ねられてきた喪失、再生、記憶、光のイメージが静かに結晶化している。
この曲は、『Glow & Behold』の精神的な中心として機能する。Yuckはここで、自分たちの変化を大げさに説明するのではなく、音の中に置く。聴き手はその光を見つめることで、バンドの新しい姿を理解することになる。
12. Chinese Symbols Reprise
「Chinese Symbols Reprise」は、先に登場した「Chinese Symbols」の要素を再び呼び戻す短い楽曲である。リプライズという形式は、アルバム全体に循環や回想の感覚を与える。『Glow & Behold』は、直線的に進む作品というより、記憶や風景が何度も形を変えて戻ってくるアルバムである。
音楽的には、断片的で余韻を重視した構成になっている。明確なポップ・ソングというより、音の記憶がもう一度浮かび上がるような役割を持つ。こうした短いリプライズを置くことで、アルバムは曲単位の集合ではなく、一つの連続した音響体験として感じられる。
意味の面では、理解できない記号や曖昧な感情が再び現れることに重要性がある。一度通過したものは完全には消えず、形を変えて戻ってくる。記憶や感情も同じであり、本作における喪失と回復のテーマを補強している。
「Chinese Symbols Reprise」は、アルバム終盤へ向けて静かな余白を作るトラックである。大きな役割を主張する曲ではないが、作品全体の構成に柔らかな循環性を与えている。
13. Somewhere Reprise
アルバムを締めくくる「Somewhere Reprise」は、「Somewhere」の余韻を再び呼び戻しながら、作品全体を静かに閉じる楽曲である。アルバムの最後に完全な新曲ではなくリプライズを置くことは、本作が明確な結論よりも、反復と余韻を重視する作品であることを示している。
音楽的には、非常に穏やかで、音が消えていく過程そのものが重要になる。ギターの響きは柔らかく、歌やメロディの主張は控えめである。まるで、どこかへ向かう途中で風景が遠ざかっていくような感覚がある。アルバム冒頭の「Sunrise in Maple Shade」が日の出の光を描いていたとすれば、この終曲はその光が静かに記憶へ変わっていく瞬間を描いている。
「Somewhere」という言葉は、最後まで具体的な場所を示さない。Yuckは、リスナーに到達点を提示するのではなく、どこかへ向かう感覚だけを残す。これは本作の締めくくりとして非常に自然である。『Glow & Behold』は、喪失後の再生を描くアルバムだが、その再生は完了したものではなく、まだ途中にある。
「Somewhere Reprise」は、アルバム全体の静かな余韻を保ったまま終わる。大きなカタルシスではなく、小さな光と曖昧な目的地を残す。その控えめな終わり方が、本作の繊細な美学をよく表している。
総評
『Glow & Behold』は、Yuckがデビュー作で獲得した90年代オルタナティヴ・ロック revival 的な評価から一歩離れ、より穏やかで内省的なシューゲイザー/ドリーム・ポップへと進んだ作品である。ダニエル・ブルンバーグの脱退という大きな変化を経て、バンドは荒々しいギター・ノイズやローファイな衝動を前面に出すのではなく、光、余韻、記憶、再生をテーマにした柔らかな音像を作り上げた。
本作の中心にあるのは、喪失後の静かな回復である。メンバーの離脱は、バンドにとって単なる人員変更ではなく、音楽的アイデンティティの再構築を意味した。『Glow & Behold』には、その戸惑いと慎重さが反映されている。前作のように勢いで突き抜けるのではなく、一音一音を確かめるように、ギターの響きとメロディを配置している。そのため、即効性や強烈な個性という点では前作に及ばない部分もあるが、作品全体には一貫した美しさがある。
音楽的には、シューゲイザー、ドリーム・ポップ、インディー・ロックの要素が穏やかに溶け合っている。My Bloody Valentine的な轟音の壁よりも、SlowdiveやRide、Galaxie 500、Yo La Tengoに通じる淡い音響が中心である。ギターは攻撃のためではなく、空間を作るために鳴らされる。歪みはあるが、耳を圧倒するためではなく、光を滲ませるために使われる。この方向性が、本作の独自の魅力になっている。
歌詞面では、時間、記憶、場所、再生、曖昧な感情が繰り返し現れる。明確な物語や強いメッセージは少ないが、その分、言葉は音響の中に自然に溶け込む。『Glow & Behold』における歌詞は、曲の主役というよりも、ギターの残響と同じように、感情の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせる役割を持っている。これは、シューゲイザーやドリーム・ポップの美学とも深く結びついている。
本作は、2010年代のインディー・ロックにおけるギター・サウンドの一つの在り方を示している。強い革新性や時代を変えるような衝撃を持つ作品ではない。しかし、過去のギター・ロックへの愛情を、過剰な引用ではなく、穏やかな感情表現として再構成している点に価値がある。Yuckはここで、90年代の音を再現するだけではなく、その音が持っていた内向性、曖昧さ、メロディの美しさを、自分たちの状況に合わせて鳴らしている。
日本のリスナーにとって『Glow & Behold』は、シューゲイザーやドリーム・ポップの柔らかい側面を好む人に特に聴きやすい作品である。轟音の刺激や派手な展開を求めるよりも、曇った光、静かな部屋、過去を思い出す時間、淡く広がるギターの響きを味わうアルバムである。デビュー作『Yuck』の荒さに惹かれたリスナーには落ち着きすぎて感じられる可能性もあるが、別の角度からYuckのメロディと音響の魅力を示した作品として重要である。
『Glow & Behold』は、バンドの危機を大きなドラマに変えるのではなく、静かな光として提示したアルバムである。その控えめさゆえに見過ごされやすいが、音の質感、アルバム全体の統一感、喪失と再生の曖昧な感情には、確かな美しさがある。Yuckのキャリアにおける転換作であり、2010年代インディー・ロックにおける穏やかなシューゲイザー復興の一例として、再評価に値する作品である。
おすすめアルバム
1. Yuck by Yuck
Yuckのデビュー・アルバムであり、『Glow & Behold』との比較において最も重要な作品。Dinosaur Jr.やPavement、Sonic Youth、Teenage Fanclubなどの影響を強く感じさせるノイズ・ポップ/インディー・ロックで、荒さとメロディの甘さが共存している。『Glow & Behold』の穏やかな音像に対し、こちらはより初期衝動とざらつきが前面に出ている。
2. Souvlaki by Slowdive
シューゲイザー/ドリーム・ポップの代表作のひとつ。轟音よりも、浮遊感、残響、淡いメロディを重視する点で、『Glow & Behold』と強い関連性がある。Yuckが本作で向かった柔らかなギターの広がりや、声が音の中に溶け込む感覚を理解するうえで重要なアルバムである。
3. Nowhere by Ride
1990年代初頭の英国シューゲイザーを代表する作品。ギターのきらめき、疾走感、青春的なメロディが融合しており、『Glow & Behold』の明るい残響感と接点がある。Yuckのギター・サウンドが持つ、ノイズとポップの中間的な魅力をよりダイナミックな形で味わえる。
4. And Then Nothing Turned Itself Inside-Out by Yo La Tengo
静かなインディー・ロックの美学を極めた作品。派手な展開よりも、音の余白、穏やかなメロディ、夜のような空気感を重視している。『Glow & Behold』の控えめな感情表現や、ギターの音色で空間を作る姿勢と相性がよい。Yuckの内省的な側面をより深く理解する補助線となるアルバムである。
5. Bandwagonesque by Teenage Fanclub
1990年代パワー・ポップ/インディー・ロックの名盤。甘いメロディ、ギターの温かい歪み、過去のロックへの愛情を自然に現代化する姿勢が、Yuckの音楽と深くつながっている。『Glow & Behold』のメロディアスな側面や、ノイズに頼りすぎないギター・ポップの魅力に関心があるリスナーに関連性が高い作品である。

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