発売日: 2005年6月7日
ジャンル: ガレージロック、アートロック、ブルースロック
幻惑の鏡と逃避のリズム——“悪魔の背後”で奏でられる自己変容の物語
2005年、The White Stripesは前作Elephantでの爆発的成功を経て、
その反動とも言えるような“逃避と再構築”のアルバムを作り上げた。
それが本作、Get Behind Me Satanである。
タイトルはキリストの言葉「サタンよ、我が後ろに退け(Get behind me, Satan)」から引用。
この言葉には、誘惑、虚飾、自己崩壊といった“現代における悪魔”との距離感が込められている。
ここでのホワイト・ストライプスはギターを抑え、ピアノ、マリンバ、アコースティックを積極的に導入。
彼らの代名詞だった“赤・白・黒”のミニマリズムは音楽面でも大きく変化し、
“形を壊しながら、核を残す”という試みが徹底されている。
それは変化への恐れではなく、むしろ変化によってしか生き残れないという強い意志の表れであった。
全曲レビュー
1. Blue Orchid
サイケでメタリックなギター・サウンドで始まる異形の幕開け。
“青い蘭”というタイトルが示す通り、人工的で不吉な美しさが漂う。
これは“愛”ではなく、“毒”のラブソング。
2. The Nurse
不穏なマリンバと突発的なドラムクラッシュが交互に鳴る、ホラー映画のような展開。
“看護師”というモチーフを通して、癒しと支配のあいだの曖昧な関係性を描く。
ストライプス史上最も異端な構成のひとつ。
3. My Doorbell
陽気なピアノ・ロックにのせて、“呼び鈴を押しても誰も来ない”という孤独を歌う。
キャッチーなメロディとは裏腹に、疎外感と焦燥が滲む。
シングルとしても大ヒットした中毒性の高い楽曲。
4. Forever for Her (Is Over for Me)
“彼女にとっての永遠は、僕にはもう終わってる”——
このタイトルだけで名曲確定とも言える、極めて詩的で哀しいバラード。
ジャックのボーカルは静かながら切実で、心に深く残る。
5. Little Ghost
ブルーグラス風のアコースティック・カントリー・ソング。
幽霊との恋というユーモラスな設定の裏に、愛の非現実性と孤独が潜む。
6. The Denial Twist
ストレートなピアノロックだが、タイトル通り“否認”がテーマ。
真実をねじ曲げ、自己欺瞞に気づきながら踊り続けるような一曲。
MVはミシェル・ゴンドリーが監督し、視覚的歪みが音楽と見事にシンクロしている。
7. White Moon
淡いピアノとギターが紡ぐ、夜の空気感に満ちた幻想的バラード。
“ホワイト・ムーン”というイメージに込められた救済と孤独。
8. Instinct Blues
アルバム中もっとも直球のブルース・ロック。
「みんな本能で動いてる」と繰り返しながら、原始的な怒りをぶつける。
ジャックのギターもヴォーカルも、ここでは猛獣のように荒々しい。
9. Passive Manipulation
メグ・ホワイトが歌う極短のアコースティック・チューン。
“受動的な操作”というタイトルの通り、何気ない言葉に込められた支配性を示唆。
全編わずか35秒だが、意味深長。
10. Take, Take, Take
“彼女が欲しがる、そしてまた欲しがる”というテーマを軸にした、
ファンカルチャーと消費社会の風刺ソング。
ゆったりと進行しながら、皮肉と不穏がじわじわと広がる。
11. As Ugly As I Seem
ギターと声のみで構成された、ジャック・ホワイトの内面に迫る静謐な楽曲。
“見た目通り、僕は醜いかもしれない”というラインが刺さる。
12. Red Rain
タイトルの“赤い雨”が象徴するのは、情熱か、怒りか、あるいは血か。
ギターの唸りとメグのドラミングが激しく交錯する、ストライプスらしい緊張感の塊。
13. I’m Lonely (But I Ain’t That Lonely Yet)
“孤独だけど、そこまで孤独じゃない”という微妙な距離感を描くピアノ・バラード。
アルバムの締めくくりとして、優しく、少し皮肉に、そして静かに終わっていく。
総評
Get Behind Me Satanは、The White Stripesというバンドが、
“爆発の次に何をするか”という問いに対する最も誠実な回答であった。
ギターを封じ、代わりにピアノやマリンバで楽曲を再構築しながらも、
彼らの本質——ミニマリズム、美学、怒り、孤独、そしてユーモア——は少しも揺らいでいない。
この作品は、The White Stripesが単なるガレージロックのリバイバルではなく、
アートとしてのロックを更新し続ける存在であることを証明した重要な一歩だった。
その変化は唐突ではなく、むしろ自然だった。
“悪魔の背後”に立った彼らは、誰にも見えない未来をじっと見つめていたのだ。
おすすめアルバム
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Elephant / The White Stripes
爆発と構築の結晶。ロックの新しい古典。 -
The Idler Wheel… / Fiona Apple
ピアノと声による“内面の暴走”。ジャックの孤独感と共鳴。 -
Sea Change / Beck
アコースティックと静謐の極北。喪失の美学。 -
Blunderbuss / Jack White
ソロ作1st。Get Behind Me Satanの美学をさらに深化させた音世界。 -
Dear Science / TV on the Radio
ロックの枠を広げながら、ポップと知性を両立させた傑作。
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