アルバムレビュー：Future Me Hates Me by The Beths

発売日: 2018年8月10日
ジャンル: インディーロック、パワーポップ、ガレージポップ、オルタナティヴ・ロック

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概要

『Future Me Hates Me』は、ニュージーランド・オークランド出身の4人組バンド The Beths（ザ・ベス）が2018年に発表したデビュー・フルアルバムであり、明るくキャッチーなメロディと、辛辣な自己認識に満ちたリリックの対比によって、世界中のインディーロック・ファンから熱い支持を集めた作品である。

フロントパーソンのエリザベス・ストークス（Elizabeth Stokes）が綴る歌詞は、恋愛不安、自己否定、過剰な思考といった20代の“心のざわめき”を率直に描きつつも、どこかユーモラスで皮肉めいている。

サウンド面では、90年代のパワーポップやインディーギターロックへのオマージュがふんだんに込められており、Alvvays、Charly Bliss、Weezerの初期作品を思わせるエネルギーと、絶妙にコントロールされたメロディセンスが光る。

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全曲レビュー

1. Great No One

オープニングを飾る、疾走感あふれるギターポップ。早口気味に畳みかけるリリックには「誰にもなれない自分」への焦燥がにじみ、明るいサウンドと裏腹に切ない余韻を残す。

2. Future Me Hates Me

タイトル曲にして代表曲。未来の自分が今の選択を後悔するだろうと分かっていても、恋に落ちる——その感情の矛盾と滑稽さを、アップビートなパワーポップで爽快に描き出す。The Bethsのスタイルを決定づけた名曲。

3. Uptown Girl

往年のガールグループ風タイトルながら、実際には“どうせ私は選ばれない”という自嘲が込められたダウナーな一曲。ギターリフが非常にキャッチーで、ライブでの人気も高い。

4. You Wouldn’t Like Me

「あなたはきっと私のことを好きにならない」というフレーズが繰り返される、自己否定ポップの極北。軽やかなリズムと落ち込んだリリックの対比がクセになる。

5. Not Running

感情から逃げないと決めた主人公が、それでも揺れる様子を描く中速の一曲。ギターとベースの絡みが心地よく、サビのハーモニーも美しい。

6. Little Death

タイトルの“リトル・デス”は性的クライマックスの隠喩ともされるが、ここではもっと広義の“感情的な死”を意味している。衝動的な恋と不安の交錯がスリリングに展開する。

7. Happy Unhappy

“Happy”と“Unhappy”が同居する感情の二重性を、パンクに近いテンポで軽やかに歌い上げる。サマーアンセム的な爽快さの中に潜む複雑さが心地よい。

8. River Run: Lvl 1

やや実験的な構成のギターポップ。関係性のレベルアップ（またはゲーム的なメタファー）をユーモラスに描き、コード進行の妙が冴える。

9. Whatever

エモーショナルなメロディと“どうでもいい”という言葉の反復が生み出すアイロニー。諦めと諦めきれなさのあいだを描く、The Bethsらしい一曲。

10. Less Than Thou

アルバムを締めくくる内省的なバラード。自己価値の低さと他者への依存が交錯するリリックを、抑制されたバンドアンサンブルで丁寧に包み込む。

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総評

『Future Me Hates Me』は、The Bethsが“明るくて憂鬱”というインディーロックの美学を現代的にアップデートした決定的な作品である。

Elizabeth Stokesのリリックは、自己否定や不安、葛藤といった感情をユーモアとメロディで包み込み、「感じることを恥じないインディーロック」を提示している。恋に落ちることが戦いのように描かれ、弱さがポジティブなものとして響くこのアルバムは、多くのリスナーにとって“自分のための音楽”として深く刺さっただろう。

ギターは疾走し、ハーモニーは優しく、リリックはひねくれている。The Bethsは、この絶妙なバランスで、現代のパワーポップをひとつ上のレベルに引き上げてみせたのだ。

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おすすめアルバム（5枚）

• Alvvays『Antisocialites』
  ギターポップと憂鬱なリリックの絶妙な融合。

• Charly Bliss『Young Enough』
  感情の洪水をパワーポップで受け止める、同系統の傑作。

• Snail Mail『Lush』
  若さと自己意識の痛みを、美しいメロディで昇華。

• Japanese Breakfast『Soft Sounds from Another Planet』
  感情の宇宙を旅するような、ロマンと哀しみのポップ。

• Courtney Barnett『Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit』
  皮肉と観察眼、ギターリフのセンスが共通する名盤。

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歌詞の深読みと文化的背景

“Future Me Hates Me”というフレーズに込められているのは、感情の選択が「損得」で評価されてしまう現代の恋愛観への風刺である。

恋に落ちることすら、「将来後悔するから」と自分で止めようとする。そんな風に、“今”の感情が“未来の自分”にジャッジされる構造が、若い世代の不安定な自己認識と深く結びついている。

The Bethsのリリックは、そのような「不器用な正直さ」を肯定する場所を作っており、聴く者に“それでも恋してもいいんだよ”と語りかけてくれるような優しさを持っている。