
発売日: 1979年2月19日
ジャンル: ニューウェイヴ、ポストパンク、アートポップ、パワーポップ
概要
『Frenzy』は、Split Enzが1979年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの音楽的再出発を告げる“変革のエネルギー”に満ちた重要作である。
初期のアートロックやバロック調の演劇的な作風を脱ぎ捨て、よりストレートなロックンロールとニューウェイヴ的センスへと舵を切った“Enz第2章”の開幕と言える作品だ。
本作からはニール・フィンが本格的にソングライターとして台頭し、兄ティム・フィンとのツイン・フロントマン体制が明確に確立された。
これにより、Split Enzは奇抜で前衛的な存在から、ポップでダイレクトなバンドへと脱皮していく。
『Frenzy』というタイトルはまさにその通り――抑えがたい創造の衝動とエネルギーが、ざらついたギターと感情むき出しのヴォーカルで爆発する。
レコーディングはイギリスとオーストラリアで行われたが、音質に関してはミックスやマスタリングの問題から長らく“惜しい傑作”とも評されてきた。
しかし、2006年以降に再編集されたリマスター盤では、そのラフな魅力がよりクリアに再認識され、ラフで荒削りな「バンドの素顔」が詰まった作品として評価が高まっている。
全曲レビュー
1. I See Red
アルバムを代表するキラートラックにして、Split Enzの転機を象徴するパンク・ポップの名曲。
ニール・フィン作曲による初のヒットで、恋愛の怒りと興奮がエネルギッシュに噴き出す、赤一色の狂乱。
ギターの荒々しさ、ヴォーカルの勢い、そしてフックの強さが新時代を告げる。
2. Give It a Whirl
ティム・フィン主導による、ジャングリーでソウルフルなロックナンバー。
テンポの良さとコーラスの楽しさが、荒削りな中にもエンタメ性を備えた新しいSplit Enzを印象付ける。
バンドの演奏の“バンド感”が生々しく記録されている。
3. Master Plan
社会的皮肉とアイロニカルな語りが交差する、ポストパンク的なナンバー。
冷笑的なリリックとダークなコード進行が、不安定な時代感覚を反映。
構成は複雑だが、リズムとメロディのバランスが絶妙。
4. Famous People
ティム・フィンによる、セレブリティ文化や虚栄を批判する風刺的ポップ。
軽快なテンポとコーラスワークに反して、リリックにはシニカルな視線が光る。
Split Enzならではの“ポップの仮面をかぶった批評性”が滲み出ている。
5. Hermit McDermitt
奇抜なタイトル通りの変態的アートポップ。
転調やリズムチェンジがめまぐるしく、初期Enzの残滓と新生Enzの衝突が垣間見える曲。
おどけたような演奏の中に、不穏な孤独感がひそむ。
6. Stuff and Nonsense
アルバムの感情的中心に位置するバラード。
ティム・フィンのソングライターとしての成熟が感じられ、傷ついた愛と自己欺瞞を赤裸々に歌い上げた名曲。
のちにエディ・ヴェダーなどもカバーし、名声を得た。
7. Marooned
複雑なコード進行と寂寥感のあるメロディが光る一曲。
取り残された者=“Marooned”というテーマは、ティム・フィンの孤独や自問を音楽化したものとも解釈できる。
中盤のインスト展開もスリリング。
8. Frenzy
タイトル曲にして、アルバムの精神を体現するパワーポップ。
グルーヴと衝動、ユーモアと苛立ちが渾然一体となって押し寄せる。
Split Enzが持つ“芸術的混乱=Frenzy”が、ここにきて完全に開花する。
9. The Roughest, Toughest Game in the World
バンド内でも評価の高い実験ポップ。
人生や愛を“もっともタフなゲーム”に喩えつつ、遊び心あるリズムと転調で聴き手を翻弄する。
Split Enz流アヴァン・ポップの快作。
10. Betty
アートとエンタメの中間を行く奇妙なラブソング。
不協和とポップのギリギリのせめぎ合いが耳を離さない。
Split Enzが“普通”のポップをどう歪めるか、その手腕がここで発揮されている。
11. Abu Dhabi
中東風の旋律を大胆に取り入れた、エキゾチックでユーモラスな実験作。
サウンドの異国情緒と、意味を掴ませない歌詞の距離感が、パロディと憧憬の境界を漂う。
12. Mind over Matter
アルバムの幕を閉じる、静かな余韻をもったポップソング。
“意志が現実を超える”というテーマを穏やかな音像で表現。
最後にしてようやく現れる“落ち着き”が、本作の混沌を締めくくる。
総評
『Frenzy』は、Split Enzが狂気と演劇的美学から飛び出し、現実の音楽シーンへ飛び込んだ瞬間を捉えた作品である。
その変化は単なる商業主義への転向ではなく、内なるカオスを外向きの言語として再翻訳した結果であり、アルバム全体には強烈なエネルギーと、ある種の切実さが宿っている。
初期のプログレ的作品と後期のメロディック・ポップの中間にあるこの作品は、Split Enzの“最も人間的”な顔を見せたアルバムでもある。
未完成な衝動、未整理な表現、しかしだからこそ、最も生々しい。
おすすめアルバム(5枚)
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Elvis Costello / This Year’s Model
怒りと知性を融合させたニューウェイヴ・ポップの傑作。『Frenzy』と同年リリース。 -
XTC / White Music
知的で攻撃的なアートポップ。Split Enzと共鳴する変拍子と不条理。 -
Talking Heads / More Songs About Buildings and Food
アートとファンク、神経質さと洗練が交差する、Split Enz的な緊張感。 -
Squeeze / Cool for Cats
日常と風刺、物語性の融合。Enzのポップ面との親和性が高い。 -
Blondie / Plastic Letters
パンクとポップの間で揺れる不安定な魅力。Split Enzの“制御された混沌”と響き合う。
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