アルバムレビュー:Freaks by Pulp

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発売日: 1987年5月11日
ジャンル: ポストパンク、ゴシック・ロック、シンセポップ


美しく歪んだ夜に生きる者たちへ——“フリークス”のための前夜譚

『Freaks』は、Pulpが1987年に発表した2作目のスタジオ・アルバムであり、のちのブリットポップ的成功とはまったく異なる影の濃い作品である。
本作の副題は「Ten Stories About Power, Claustrophobia, Suffocation and Holding Hands(権力、閉塞、窒息、手をつなぐことに関する10の物語)」。
この言葉が示すように、本作には社会や人間関係の中で周縁に追いやられた者たち——いわば“フリークス”たち——へのまなざしと共感が満ちている。

当時のPulpはレーベルとの関係に悩み、メンバーの脱退と加入が続き、音楽的にも模索の真っ只中にあった。
その不安定さが、暗くねじれたサウンドや不穏な物語性に反映され、ニューウェーブとポストパンクの中間にあるような実験性の高い作品に仕上がっている。

Jarvis Cockerのヴォーカルはまだ成熟途上でありながらも、すでにその語り口と観察眼は鋭く、
“普通になれない者たちのためのロック”というPulpの核が、本作で確かに立ち上がっている。


全曲レビュー

1. Fairground
カーニバル的な狂騒の中に、孤独と不信が渦巻くオープニング。
ジャーヴィスの低く抑えたヴォーカルが不安定さを助長し、異化された遊園地のような空間を描き出す。

2. I Want You
切迫したリズムと執着的なリリック。
愛というよりも“依存”の匂いが濃厚で、歌唱と楽器が徐々にテンションを上げていく構成が緊張感を生む。

3. Being Followed Home
ストーカー的な恐怖、偏執、そして都市生活の陰影。
ゴシック的要素が強く、不穏なコード進行と沈んだヴォーカルがこのアルバムの中心的トーンを象徴する。

4. Master of the Universe
初期Pulpの中でもとくにアイロニカルな楽曲。
自己神格化とその滑稽さを皮肉る構成で、タイトルとのギャップがリリックの批評性を高めている。

5. Life Must Be So Wonderful
唯一、ほのかな哀愁と優しさを湛えた小曲。
だがそれもどこか夢想的で、現実に対する痛みの裏返しとして響く。

6. There’s No Emotion
その名の通り、感情の欠落や空虚さをテーマにしたナンバー。
冷静な語りと無機質なアレンジが、社会的疎外の表現となっている。

7. Anorexic Beauty
タイトルからして物議を醸す一曲。
美の狂信と身体への強迫観念を冷笑的に描く内容で、サウンドはチープだが強烈な印象を残す。

8. Never-Ending Story
永遠に終わらない関係や迷路のような感情状態を描写。
シンセの揺らぎと反復が、“出られない夢”のような構造を作る。

9. Don’t You Know
他者との断絶や誤解をテーマにした、内省的なナンバー。
リリックは一見シンプルながら、他者との距離感を丁寧に掘り下げている。

10. They Suffocate at Night
アルバムの最後を飾る、重厚でメランコリックなバラード。
“夜に窒息する”というタイトルが示すように、恋愛と閉塞感が静かに結びついた一曲で、
のちのPulpの叙情性の原型がここにある。


総評

『Freaks』は、Pulpがのちに手に入れることになる大衆性やブリットポップ的な祝祭とはまったく異なる、
“孤立”“抑圧”“滑稽さ”といった影の側面を強く打ち出した異色作である。

サウンドは不安定でダーク、そしてローファイな質感を持ちながらも、
その分“社会に適応できない者たちの記録”としてのリアリティと説得力を宿している。

この時代のPulpは、まだ光の中に出る準備すらできていなかった。
それでも、“変にならざるをえなかった者たち”に対して、明確な視線と感情を注いでいた——
それが『Freaks』という、薄暗くも誠実な夜の物語なのだ。


おすすめアルバム

  • Seventeen Seconds / The Cure
    静かで内向的なゴシック・ロックの傑作。『Freaks』と同様の影の美学を持つ。
  • Script of the Bridge / The Chameleons
    感情の深層を探るギター・サウンドとポストパンクの融合。精神的風景の描写が近い。
  • Closer / Joy Division
    極限まで抽象化された内面世界。Pulpの“夜の時代”との精神性の共振。
  • The Firstborn Is Dead / Nick Cave & The Bad Seeds
    ダークなストーリーテリングと重苦しいブルース・ロックが、『Freaks』の語りと重なる。
  • Meat Is Murder / The Smiths
    社会的主題と陰鬱な美学を併せ持つ作品。『Freaks』の皮肉と叙情性をよりポップに昇華した先駆。

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