発売日: 1982年9月
ジャンル: ニューウェーブ、ポストパンク、アートロック
概要
『Forever Now』は、The Psychedelic Fursが1982年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽的変遷の中でも特にポップ性と芸術性のバランスがとれた傑作として評価されている。
プロデューサーにはトッド・ラングレンが起用され、これまでの荒削りでシリアスなポストパンク路線に、明瞭な構成美とサイケデリックな多彩さを加えることに成功。
特にストリングス、マリンバ、女性コーラスなどが大胆に導入され、音の幅が格段に広がったことで、バンドは“文学的アートパンク”から“洗練されたニューウェーブ・ポップ”への脱皮を遂げた。
メンバーの脱退や音楽的変化にもかかわらず、リチャード・バトラーのハスキーな声とアイロニカルなリリックは健在で、むしろより個人的で感傷的な深みを増している。
この作品は、インディ精神とメジャー感覚の接点に立つ、1980年代ニューウェーブの重要作品のひとつである。
全曲レビュー
1. President Gas
アルバムの幕開けを飾る、政治風刺と社会批評に満ちたロック・ナンバー。
タイトルは架空の独裁者を思わせるが、現代社会に蔓延する“虚無的権力”への風刺でもある。
パーカッシブなギターとバトラーの吐き捨てるようなボーカルが印象的。
2. Love My Way
バンド最大のヒット曲のひとつであり、シンセとマリンバのサウンドが特徴的なポップ・アンセム。
“愛する道は自分で選べ”というメッセージは、当時のLGBTQ+コミュニティからも広く支持を受けた。
リフレインの中毒性とリリックの普遍性が見事に融合した名曲。
3. Goodbye
別れと喪失を主題にした、陰りのあるバラード。
淡々とした演奏の中に、バトラーの声が孤独と諦観をにじませる。
ストリングスの使い方も効果的で、深い余韻を残す。
4. Only You and I
メロディックで親しみやすいサウンドながら、リリックは依存と支配をテーマにしている。
恋愛の裏にある不均衡を、冷静かつ感情的に描いた佳曲。
5. Sleep Comes Down
スローなテンポで展開される、ドリーミーかつダークな楽曲。
“眠り”という主題が死や無意識の象徴として扱われており、内省的で詩的な世界観を形成している。
6. Forever Now
アルバムのタイトル・トラックにして、疾走感のあるギターと反復するメロディが印象的。
“永遠に今”という逆説的タイトルが示すのは、時間の停滞、あるいは永続する瞬間への渇望。
リリックとサウンドが一体となった力強い楽曲。
7. Danger
不安感と暴発寸前のエネルギーが詰まったロック・ナンバー。
ギターのリフが刺々しく、コーラスにはパンクの名残も。
バンドの野性味とポップさが同居する一曲。
8. No Easy Street
人生に近道も成功の方程式も存在しないという現実を、皮肉と共に歌い上げる。
サビのキャッチーさとリリックの重さが絶妙なバランスで共存する、Fursらしい構造。
9. Yes I Do
恋愛と信頼、そしてその裏切りを扱った、内向的なエレクトロ・バラード。
ボーカルの感情が徐々に高まっていく構成は、静かだが非常にドラマチック。
10. Merry-Go-Round
アルバムのラストを飾るサイケデリックな楽曲。
回転木馬という象徴が示すように、人生の循環、進んでは戻る感覚が反復的な構成で描かれる。
終わりにして、また始まりでもある。
総評
『Forever Now』は、The Psychedelic Fursにとって最も“開かれた”作品であり、アヴァンギャルドな要素を保ちながら、より洗練されたポップ・フォーマットへと踏み出したアルバムである。
トッド・ラングレンのプロダクションは、音の密度と透明感を両立させ、これまでのFursの持つ暗さと攻撃性に、普遍的な美しさと高揚感を加えることに成功している。
特に「Love My Way」や「Forever Now」では、バンドのコアにあった疎外感・アイロニー・ロマンスが、より開かれたメッセージとして昇華され、国境やジャンルを越えて届くポテンシャルを証明した。
本作以降、Fursはよりラジオフレンドリーな方向へと歩み始めるが、その転換点において本作は、決して妥協ではなく、芸術性の精緻化とポップの可能性を押し広げた名盤として、今なお聴き継がれるべき作品である。
おすすめアルバム(5枚)
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Simple Minds – New Gold Dream (81–82–83–84) (1982)
シンセとロマンティシズムの融合。『Forever Now』と同年、同系統の進化を遂げた。 -
The Cure – The Head on the Door (1985)
ポップとダークネスの美学を絶妙に調和させたアルバム。 -
XTC – Skylarking (1986)
トッド・ラングレンが手掛けたもう一つの傑作。構築美とメロディが響き合う。 -
David Bowie – Scary Monsters (1980)
アートロックとポップの臨界点。Fursと同じ精神的流れに位置する。 -
Tears for Fears – Songs from the Big Chair (1985)
ポップと内省の統合という点で共鳴。Fursの到達点の延長にある作品。
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