Footsteps by Voices(2014)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

Voicesの「Footsteps」は、2014年にリリースされたコンセプトアルバム『London』の終盤に収録された楽曲であり、精神の崩壊、罪悪感、そして追いつかれていく過去の幻影を主題にした、内省的かつ幻覚的な音楽詩である。

タイトルの「Footsteps(足音)」は、物理的な音としての足音であると同時に、逃れられない記憶や、内面に押し寄せる“存在の重み”そのものを象徴している。語り手はその足音を「誰かが後ろにいる」と感じながらも、実際には自分自身の罪や精神的負債、あるいは記憶の亡霊に追われているかのようだ。

この曲は、アルバム全体を通して描かれる都市の狂気と個人の崩壊の物語のなかでも、とりわけ音と言葉によって“追跡される感覚”を精緻に表現した作品であり、Voices特有の語り・咆哮・沈黙を組み合わせた音像によって、息の詰まるような緊張感が全編に張りつめている。

2. 歌詞のバックグラウンド

『London』は、Voicesがロンドンという都市の“地獄のような日常”を描いた、ブラックメタルとアートロックの境界を超える壮大なコンセプトアルバムであり、各曲が登場人物の内的変化や崩壊を時間軸に沿って描いている。

「Footsteps」はその終盤、物語が精神崩壊の頂点からさらに“内面への転落”へ向かう段階で登場する。本曲では、外界の敵や都市の雑踏というテーマから一歩引き、より内的・抽象的な領域で語られる。つまりここでの“足音”は、他者ではなく、自分自身の影や記憶、あるいはもう一人の自我であり、それに“追い詰められる”過程が、囁き、怒鳴り、ノイズ、沈黙といった音の階層で描かれていく。

Voicesはこの曲で、恐怖や不安という感情の正体を、理屈ではなく身体感覚として提示することに成功しており、その結果、聴く者の神経に直接触れるような緊張感を生み出している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は、Voicesの音源やライブパフォーマンスからの非公式なリスニングによる印象的なフレーズの抜粋と和訳である。

I hear footsteps
足音が聞こえる

Following me again
また、私の後ろをつけてくる

I try to run
逃げようとするけれど

But it’s always there
それはいつも、そこにいる

My guilt has legs
私の罪には、脚がある

It walks with me
それは私と一緒に歩いている

I’m never alone
私は決して一人じゃない

And that’s what scares me
だからこそ、私は怖い

※公式歌詞は未発表のため、上記は推定に基づく意訳です。

4. 歌詞の考察

「Footsteps」は、表層的には“誰かにつけられている”という恐怖を描いているように見えるが、その実態は内在化された罪、後悔、過去から逃れられない精神構造にある。

「My guilt has legs(私の罪には脚がある)」というフレーズは象徴的であり、Voicesが得意とする具体と抽象の間を揺れる比喩の典型でもある。罪は単なる感情ではなく、物理的な存在となって語り手を追い回す。それはまるで、**自己の中に巣食う“他者化された自己”**のようであり、ここに見られるのは精神の二重化、あるいは統合の崩壊である。

また、「I’m never alone / And that’s what scares me」という一節は、孤独への恐れとは逆の恐怖、つまり“常に何かが自分の中にいる”という実存的な不気味さを表現している。都市という外部環境の喧騒から離れた結果、語り手が直面するのは、自分自身という最大の敵なのだ。

このように、「Footsteps」は他者との関係が断たれた世界における、自我と記憶との終わりなき対話、あるいは闘争を描いた曲であり、それを言語と音響の両面から極限まで研ぎ澄ましたVoicesの詩的実験ともいえる。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Mirror Reaper by Bell Witch
    死者との対話と自我の投影を2枚組で描いたドゥームの超大作。
  • The Great Cold Distance by Katatonia
    都市の虚無と内面の飢えを描いた北欧的モダン・メランコリック・メタル。
  • Not in Love by Crystal Castles feat. Robert Smith
    感情の解離と幻想をエレクトロノイズとポップの狭間で描く傑作。
  • The Sleep of Reason Produces Monsters by Akercocke
    Voicesの前身による、理性の終焉と宗教的恐怖を重ねたアヴァン・ブラックメタル。
  • Only the Sound Remains by The Caretaker
    記憶の断片と消失を音で描くエレジーのようなアンビエント作品。

6. “聞こえるのは、自分自身の影の足音”——「Footsteps」に宿る内面の亡霊たち

「Footsteps」は、Voicesの作品群の中でもとりわけ音楽と詩が“幻聴的に融合した”異形の名曲であり、都市生活者が直面する無名の不安、罪、記憶、そして自我の裂け目を、ありありとした音像として描いている。

この楽曲における“足音”は、誰か他人ではない。**忘れたはずの過去、消したはずの記憶、そして常に付きまとう“もう一人の自分”**が、夜の街角や頭の中の廊下で、かすかに、けれど確かに響いてくる音なのだ。

Voicesは、「Footsteps」で**“恐怖とは内側からやってくる”**ということを、メタルやポストロック、ダークアンビエントの手法を駆使して冷徹に提示してみせた。心に残るのは轟音でも叫びでもない。誰もいない部屋で、自分しか聞こえないはずの足音が、静かに近づいてくるあの瞬間なのだ。そしてそれは、あなたにも聞こえてくるかもしれない。

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