発売日: 2020年5月22日
ジャンル: エレクトロ・ヒップホップ、オルタナティブR&B
概要
『Folk Music』は、Far East Movementが2020年に発表したエレクトロ・ヒップホップの実験作であり、アジア系アーティストとのコラボレーションを通して新たな音楽的文脈を切り開いた作品である。
ロサンゼルスを拠点とするFar East Movementは、2010年の「Like a G6」の世界的ヒットで知られるが、以降はメインストリームから距離を置き、アジアのアンダーグラウンド・シーンと積極的に関わってきた。
本作『Folk Music』は、彼らが立ち上げたレーベル「Transparent Arts」の延長線上にあるプロジェクトであり、韓国や中国、インドネシアなど、東アジア〜東南アジアの多様な音楽家との共作を通じて、「現代におけるフォーク（民衆）音楽とは何か」を問いかけるような実験的アプローチがとられている。
アルバムには、K-R&Bやインディー・エレクトロ、トラップ、チルウェイブなど多様なジャンルが混在しながらも、通底しているのは「文化の融合と自己表現」というテーマである。
アジア人アイデンティティの肯定、デジタル以降の音楽制作の柔軟性、そしてメインストリームを経たアーティストの新たな指向性が交差したこの作品は、ジャンルを超えた「新しい民俗音楽＝Folk Music」として位置づけられるかもしれない。
全曲レビュー
1. Don’t Speak (feat. Tiffany Day)
アコースティック・ギターとエレクトロ・ビートが溶け合うイントロが印象的な、現代版フォークバラード。
Tiffany Dayの歌声が内省的なリリックと響き合い、「言葉では伝えられない感情」がテーマになっている。
2. Level Up (feat. Dumbfoundead)
ヒップホップとトラップビートが交錯する中で、Dumbfoundeadのラップが鋭いメッセージを放つ。
「移民の子としての成功」というモチーフが浮かび上がる。
3. Fortress (feat. Yultron & JVNA)
煌びやかなエレクトロ・プロダクションの中に、シンフォニックなパッドが重ねられた構成。
「心の砦」という比喩が歌詞の中心にあり、守られるべき感情と境界の表現が詩的である。
4. Church (feat. Justin Park)
90年代のR&Bを思わせるスロウジャム。
恋愛の理想と葛藤が教会という象徴的空間に投影されているのが印象的だ。
5. Lovebird (feat. Satica)
ローファイ・ポップに近い繊細なトラックで、Saticaの優しい声が感情を丁寧に描く。
「愛されたいけれど自由でいたい」という普遍的なジレンマが主題。
6. Fighting for You (feat. Jay Park & H1GHR MUSIC)
韓国の人気ラッパーJay Parkを迎えたトラック。
強いビートと攻撃的なフロウが重なり、タイトル通り「誰かのために戦うこと」の美学が語られる。
7. Valentine’s (feat. Kiana V)
バレンタインの恋愛模様を描いたスウィートなナンバー。
フィリピンのR&BシンガーKiana Vによる柔らかくも芯のあるボーカルが映える。
8. Real Ones (feat. Phum Viphurit)
タイのSSW、Phum Viphuritとのコラボは、本作中でもっとも「フォーキー」な楽曲。
アコースティックな質感とシンプルな構成が際立ち、「本物の関係性」の尊さを静かに伝える。
9. Coming Home (feat. Amber Liu)
f(x)出身のAmber Liuが参加し、K-POP的なサウンドとオルタナティブR&Bが融合。
帰属感や「居場所」を探す感情が、歌詞と音に滲む。
10. Blossom (feat. Bohan Phoenix)
中国系アメリカ人ラッパーBohan Phoenixとのトラック。
中華的旋律をサンプリングしながらも、トラップビートで現代的に昇華されている。
11. Umbrella (feat. Lydia Paek)
雨と傘をモチーフにしたエモーショナルなバラード。
Lydia Paekの透明感あるボーカルが心の雨をそっと拭うように響く。
12. Folk Music (Interlude)
タイトルチューンにあたるインタールード。
ボーカルはなく、環境音と民族楽器風のサウンドスケープによって、本作のテーマを象徴的に表現している。
総評
『Folk Music』というタイトルは一見すると過去への回帰を思わせるが、実際には「現代のフォーク＝人々の音楽とは何か」という逆説的な問いを投げかけている。
Far East Movementがこのアルバムで目指したのは、単なるジャンルの融合ではなく、「文化・アイデンティティ・表現」を多層的に織り込むことだったように思える。
グローバル化された音楽業界の中で、アジア系アーティストたちがどう自分たちの声を見つけ、どのように表現するのか――その試みの一端がこのアルバムには刻まれている。
各トラックは独立したストーリーを持ちながらも、全体として「越境的な感性」と「内面的な旅路」を描く統一された世界観を持っている。
プロダクションはきわめて洗練されており、ポップスとしての即効性とアンダーグラウンド的な奥行きを同時に備えているのも大きな魅力だ。
このアルバムは、アジア系ディアスポラの音楽的発言という点でも重要であり、エンターテインメントと政治性が微妙に交錯するところに、ポスト2010年代の音楽の複雑さが垣間見える。
Far East Movementが単なるヒットメーカーから「文化的媒介者」へと変貌を遂げたことを印象づける作品であり、今後の彼らの動きにも注目せざるを得ない。
おすすめアルバム（5枚）
- 88rising『Head In The Clouds II』
アジア系アーティストが集結したコンピレーション。Folk Musicと世界観が近く、Far East Movementも参加。 - Phum Viphurit『Manchild』
本作参加アーティストでもあるPhumの代表作。フォークとインディーR&Bの融合。 - Amber Liu『X』
Amberが描く孤独と自由の物語。Folk Musicと同様にアイデンティティが重要なテーマ。 - Satica『dear april,』
フィーチャリングでも参加するSaticaのソロ作。繊細なR&Bと詩的な歌詞が魅力。 - Jay Park『Everything You Wanted』
Jay ParkのR&B路線の代表作。感情の繊細な描写がFolk Musicと通じ合う。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『Folk Music』は、Far East Movementが自らのレーベル「Transparent Arts」を基盤に、国境を越えたコラボレーションを軸として制作された。
各トラックはロサンゼルス、ソウル、バンコク、マニラなど複数の都市で録音され、現地のエンジニアやプロデューサーが参加している。
特に注目すべきは、アーティストの文化的背景を活かすようなサウンドメイキングが行われている点である。Phum Viphuritの楽曲ではタイの伝統楽器風のサウンドが使われ、Bohan Phoenixとの楽曲では中国旋律がトラップに組み込まれている。
また、インタビューによれば、このアルバムのキーワードは「ルーツと未来の接続」だったという。
Far East Movement自身が「自分たちの音楽的DNAを再定義する旅」と語るように、『Folk Music』はルーツ回帰ではなく、再構築の試みだったのかもしれない。
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