発売日: 1976年10月**
ジャンル: クラウトロック、レゲエ、エクスペリメンタル・ロック
流れるように、揺れるように——リズムの快楽と音響の漂流を綴るCanの“異国的楽園”
『Flow Motion』は、1976年にリリースされたCanの8作目のスタジオ・アルバムであり、クラウトロックの実験性に“流れるような心地よさ”を織り込んだ、軽やかでユニークな作品である。
タイトルが示す通り、本作は“流動”と“モーション(運動)”をキーワードに、レゲエ、ワールドミュージック、アンビエント的感覚までを包括した音響旅行となっている。
本作では、従来のミニマルな緊張感よりも、より“身体性”や“グルーヴの快楽”に寄り添った構成が目立ち、Canとしては異例なほど聴きやすい。
だが、その内側には依然として構造のひずみと、リズムのねじれが生きており、“実験精神”は決して手放されていない。
全曲レビュー
1. I Want More
Can史上もっともポップでダンサブルな楽曲にして、本作からのシングルカット。
ディスコとレゲエの要素を取り入れつつ、反復的なリフと浮遊するヴォーカルが中毒性を生む。
異様な明るさと奇妙な気持ちよさが混在し、1970年代末のニューウェーブ感覚を先取りした一曲。
2. Cascade Waltz
タイトル通りの“ワルツ”調リズムと、異国情緒ある旋律が融合。
シュミットのエレピが水のように流れ、ギターはまるで地中海を滑空する鳥のよう。
エスニックでリラックスした雰囲気が、従来のCanとは一線を画す。
3. Laugh Till You Cry – Live Till You Die
断片的なメロディが重なり合う中、カローリの語り口がポエトリーリーディングのように響く。
反復するビートと微細な変化の積み重ねにより、Can的ミニマリズムがしっかりと貫かれている。
“死ぬまで笑え、生きるまで泣け”という逆説的なテーマが、反復のなかに静かな狂気を孕んでいる。
4. …And More
冒頭曲「I Want More」のリフレインとも言える短い中間曲。
前半のテンションをリセットしつつ、“続き”としての含意を残す。
Canらしいアルバム構成の妙が感じられる小品。
5. Babylonian Pearl
ミドルテンポで進行するグルーヴィーなロックナンバー。
神秘的なメロディとトライバルなパーカッション、そしてカローリの妖しいヴォーカルが、どこか幻惑的なムードを作り出す。
“バビロニアの真珠”という幻想的タイトルも含め、Canの“異国的音像”が濃密に展開される。
6. Smoke (E.F.S. No. 59)
“Ethnological Forgery Series”の一環として制作された、擬似民族音楽的な即興ナンバー。
無調の中に潜むビート感、ランダムな打音、予測不可能な構成が、まるで砂嵐の中を歩くような感覚を生む。
Canの“遊び”と“儀式”の交差点。
7. Flow Motion
アルバムの締めくくりにして、タイトル曲らしい広がりを持った11分超の大作。
レゲエ的ビートを基調としながら、空間的なギターとキーボードが幾層にも重なり、音が波のようにうねり続ける。
Canが持つ瞑想性と運動性、その両者の到達点を感じさせる名曲。
まさに“流れる運動”という感覚をそのまま音にしたかのよう。
総評
『Flow Motion』は、Canが自身のアヴァンギャルド性を崩すことなく、ポップとワールドミュージックに接近したユニークなアルバムである。
これは“歩み寄り”ではなく、“漂流”の結果として生まれた音楽。
どこかトロピカルで、どこか都会的で、どこか狂っている。
ジャンルの境界を溶かしながら、Canは音を“運ばれるもの”として提示する。
その感覚は、のちのチルアウト、ダブ、エレクトロニカといったスタイルへと静かに影響を与えていく。
『Flow Motion』は、Canの中で最も心地よく、それでいて最も不可解なアルバムかもしれない。
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