アルバムレビュー：Final Summer by Cloud Nothings

発売日: 2024年4月19日
ジャンル: エモ、ポストハードコア、インディー・ロック、パワーポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
歌詞の深読みと文化的背景
- 関連記事:

概要

『Final Summer』は、Cloud Nothingsが2024年に発表した8作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの持つ衝動性・叙情性・構築性を極限まで純化させた、“第二の代表作”とも言うべき作品である。
タイトルの『Final Summer（最後の夏）』が示すとおり、ここには“終わり”と“始まり”の両義性があり、青春の終焉と大人になることの不安、それでも鳴らし続けるロックの意志がこだましている。

レコーディングは再びJohn Congleton（『Here and Nowhere Else』）をプロデューサーに迎え、シンプルな構成と生々しい演奏、鋭いミックスによって、かつての爆発力と現在の表現力が融合したサウンドが実現された。
Cloud Nothingsの過去10年がここで回帰し、昇華されている。

バルディは今作について、「このアルバムは“過去に戻ることなく、過去を抱えたまま前に進む”ということをテーマにしている」と語っている。
つまり、『Final Summer』とは、記憶の美化でも懐古でもなく、“時間とともに変わる自分自身を見つめる”ためのアルバムなのだ。

全曲レビュー

1. Final Summer

タイトなギターとストレートなリズムで駆け出すオープニング。
シンプルなコード進行の中に繰り返される「This is the final summer of my life」というフレーズが、青春の終わりと、そこでしか味わえない焦燥感を象徴する。
キャリア中最も直接的で清々しい幕開け。

2. Daggers of Light

鋭利なリフとスラッシュ寸前のドラムがぶつかるアグレッシブな一曲。
「光の短剣」という詩的なタイトルが示すのは、日常の中に潜む違和感や、刹那的なひらめき。
Cloud Nothingsらしい衝動と不安の交錯がここにある。

3. I’d Get Along

一転して、エモ寄りの柔らかなリフと穏やかなヴォーカルが展開される楽曲。
「なんとかやっていける気がする」という繰り返しが、現代的な“疲弊と肯定”のバランス感覚を捉えている。
抑えたテンションが美しく、余白のある楽曲構成。

4. Mouse Policy

ファズの効いたベースと跳ねるようなドラムが特徴の、ややユーモラスな楽曲。
タイトルは社会風刺的にも読めるが、実際の歌詞は**“指示に従うこと”への違和感や反抗心**を描いている。
軽快でありながら鋭い視点を持った佳曲。

5. Silence

ストレートなパンク・ビートと反復リフで突っ走る2分台のスピードナンバー。
「Silence is the loudest thing I know」という逆説的なフレーズが印象的で、自己表現と沈黙の緊張関係を切り裂くような一曲。

6. Running Through the Campus

叙情的でありながら疾走感のある楽曲で、大学キャンパスを駆け抜ける青春の記憶を描いている。
ギターのアルペジオと焦燥感のあるボーカルが重なり、まるで短編映画のような世界観を作り出す。

7. I’d Get Along (Reprise)

アルバム中盤の小品。
1分弱のインストゥルメンタルで、前半の“I’d Get Along”のテーマをメランコリックに再提示する。
構成の美しさと物語性が際立つ瞬間。

8. Thank Me for Playing

最も内省的でゆっくりと進行するバラード。
「プレイしてくれてありがとう」という言葉は、聴き手への感謝とも、過去の自分への別れとも取れる。
バルディの静かな歌声が胸を打つ。

9. Common Mistake

本作で最もノイジーで荒々しいサウンドを持つナンバー。
誤解や衝突、そしてその中にある救済をテーマに、混沌の中で見つける自分らしさが鳴っている。
ライブ映えしそうなエネルギーの塊。

10. Thank Me for Repeating

先ほどの“Playing”と対になる楽曲。
音楽を繰り返し聴くこと、何度も同じことを言ってしまうこと、その“繰り返し”の中でこそ見えてくる真実を描いている。
Cloud Nothingsらしい反復と感情の波が際立つ構成。

11. Running Through the Campus (Finale)

再び登場する“キャンパス”モチーフのラストトラック。
今回はより広がりのあるギターと、コーラス的なヴォーカルが印象的で、終わったはずの夏がもう一度、夢のように現れる。
圧倒的な余韻と、未来への開かれた感覚を残してアルバムは幕を閉じる。

総評

『Final Summer』は、Cloud Nothingsがこれまで築いてきたサウンド――激情、構築、内省、メロディをすべて統合した作品である。
その音楽性は決して派手ではないが、“個人の感情”をロックバンドという形で最大限に引き出すためのフォーマットとして、驚くほど洗練されている。

バルディの声は叫びではなく、語りかけに近くなっており、バンドの音も“爆発”ではなく“じわじわと浸透していく”ような感覚に変化している。
それでも、彼らが初期から持ち続けている**“今、この瞬間にしか鳴らせない音”への信念**は微塵も揺らいでいない。

『Final Summer』は、ノスタルジーを振り返るための作品ではなく、過去を乗り越えたあとにこそ訪れる、新しい希望の音楽である。
それは「最後の夏」ではなく、「これから何度も迎える新しい季節」のプロローグなのかもしれない。