
発売日: 1982年9月
ジャンル: ポストパンク、ニューウェーブ
概要
『Fiction』は、The Comsat Angelsが1982年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Sleep No More』の暗く重厚な音世界から、よりメロディアスかつ洗練された方向へと舵を切った作品である。
ポストパンクというジャンルの中で、いかに深く、かつ普遍的な表現を成立させるか――
その問いに対するひとつの応答が、この『Fiction』なのだ。
アルバム・タイトルに込められた「虚構(Fiction)」という言葉は、現実と向き合うために必要な“もうひとつの真実”としての音楽の力を象徴しているようにも思える。
本作では、内省や疎外感といったポストパンクの主題はそのままに、よりオープンなサウンドスケープと、ポップに接近した構造が試みられている。
結果として、バンドはそのまま1983年以降のメジャー志向へと向かっていくわけだが、The Comsat Angelsにしか生み出せない独特の冷たさと美意識は、ここでも揺るぎない形で息づいている。
全曲レビュー
1. After the Rain
穏やかなギターのイントロで始まる、清冽な空気を持ったオープナー。
“雨のあと”というタイトルが示すように、悲しみを越えた先の静けさが広がる。
ポストパンク的憂鬱と希望の余韻が共存する名曲。
2. Zinger
シャープなリズムとギター・カッティングが印象的な楽曲。
前作までの重苦しさを打ち破るような軽やかさがあり、ニューウェーブ的な洗練が顔をのぞかせる。
3. Ju Ju Money
ファンキーなグルーヴを取り入れた異色作。
社会批判的なニュアンスを含みながらも、音としてはダンサブル。
アルバム全体の中で最も“外向き”の楽曲と言える。
4. Do the Mussolini
風刺と皮肉に満ちたタイトルと、ミニマルなビートが特徴。
クラウトロックやアートロックの影響も感じられ、アルバム中で最も実験的な一曲。
5. Eye of the Lens
『Fiction』の中でも特に人気の高いトラック。
カメラの“レンズ”をモチーフに、現実を覗き見る視線と、その隔たりを描いている。
浮遊感のあるギターとタイトなリズムが、都市の孤独を映し出す。
6. Total War
再録曲であり、『Waiting for a Miracle』収録版よりも、厚みと切迫感を増している。
この再解釈により、本作が過去の延長にあることを暗に示している。
7. Beneath the Bow
穏やかな旋律に秘められた不穏さが際立つバラード。
“弓の下”という詩的タイトルが象徴するように、抑圧と美の共存がテーマとなっている。
8. Not a Word
静かなイントロから徐々に盛り上がる構成が印象的。
“言葉では語れない”感情の波を音で描写する、エモーショナルなトラック。
9. A World Away
タイトル通り、どこか現実から隔絶された空間を音で描くような曲。
サイケデリックな要素も感じられ、夢と現実のあいだを漂うような感覚がある。
10. What Else!?
エネルギッシュな終曲。
混沌としたリズムと鋭いギターが、ポストパンクの衝動を呼び起こす。
「他に何があるっていうんだ?」という挑発的な問いかけが、アルバムを締めくくるにふさわしい。
総評
『Fiction』は、The Comsat Angelsがバンドとしての成熟を示しつつ、次のフェーズへと移行するための重要な過渡点である。
前2作で築かれた“内面の音楽”という美学を保持しながらも、より開かれた構造やスタイルへのアプローチを試みており、それは後年の『Land』や『7 Day Weekend』へと繋がる。
とはいえ、この作品が持つ“冷たさ”や“間”の使い方は、やはり唯一無二であり、The Comsat Angelsというバンドの本質がブレることはない。
音楽を通じて「虚構=Fiction」に逃避するのではなく、むしろその中で現実の輪郭を捉えようとする。
それがこのアルバムにおける、最も誠実な姿勢であり、時代を超えて響く理由なのだろう。
おすすめアルバム(5枚)
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The Sound – All Fall Down (1982)
同年リリースのポストパンク作品。商業と芸術の狭間で揺れる感覚が近い。 -
The Teardrop Explodes – Wilder (1981)
ポストパンクの中にポップと実験性を持ち込んだ名盤。 -
Echo & the Bunnymen – Heaven Up Here (1981)
精神的な深みとダイナミズムが共存する音世界。 -
Magazine – The Correct Use of Soap (1980)
知性とポップネスの融合。Fiction期のComsat Angelsと相性が良い。 -
Ultravox – Rage in Eden (1981)
ニューウェーブと内省のバランス感において共鳴するサウンド。
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