
発売日:2021年6月25日
ジャンル:Experimental Pop / Art Pop / Neo-Psychedelia
概要
Fatigueは、ニューヨークを拠点に活動するTaja Cheekのプロジェクト、L’Rainが2021年に発表した2作目のアルバムである。2017年のセルフタイトル作に続き、Cheek自身のボーカル、ギター、ベース、シンセサイザーなどを核に、多数の演奏やフィールド・レコーディングを編集して作られた。一般的なバンド録音のように一曲を最初から最後まで演奏する感覚より、短い演奏、会話、環境音、声を切り取り、それらをコラージュして新しい流れを作る方法が中心になっている。
タイトルの「Fatigue=疲労」は、単なる身体的な疲れだけを指してはいない。悲しみや喪失を抱えながら生活すること、同じ思考を繰り返してしまうこと、黒人女性として社会の中で受ける圧力など、複数の重さが作品の背景にある。ただし歌詞がそれらを順番に説明するわけではなく、短い言葉、反復、他人の声、楽器の断片から感情を組み立てていく。
サウンドの参照範囲も広い。R&B、ゴスペル、ジャズ、アンビエント、ノイズ、実験音楽、サイケデリアが次々と現れるが、ジャンルを見本市のように並べてはいない。数十秒の断片が次の曲へ流れ込み、前に聞いた声や音が別の形で戻ってくるため、全14曲を一続きの記憶として聞かせる。曲単位の分かりやすさより、アルバム全体を移動する感覚そのものが重要な作品である。
全曲レビュー
1. 「Fly, Die」
人の声や電子的な処理、断片的なリズムが重なり、明確なイントロを設けずに作品の内部へ放り込む。タイトルでは「飛ぶ」と「死ぬ」という正反対にも見える動作が並び、解放と消滅が近い位置に置かれている。Cheekの声も一人の安定した語り手として前に立つより、周囲の音へ溶け込むように配置される。ポップソングの入口というより、これから聞くコラージュのルールを提示する短い導入だ。
2. 「Find It」
反復される声とビートが徐々に形を変え、何かを探し続ける動作そのものを音にしたように進む。ここで重要なのは、明確な答えへ到達することより、同じ言葉を繰り返すうちに意味や響きが変化していくことだ。ゴスペルやR&Bを思わせる声の重なりがありながら、通常のサビには着地せず、共同体的な温かさと個人的な不安を同じ反復の中に置いている。
3. 「Kill Self」
衝撃的な題名に対して、曲は単純な激情の爆発にはならない。短い声、低音、ノイズ的な音響が不安定に配置され、思考が一つの場所へ固定されず断片化していく感覚を作る。題名をCheek本人についての直接的な告白と決めつけるより、自己破壊的な思考が頭を横切る状態を切り取ったものとして聞く余地がある。短さゆえに説明を加えず、強い言葉だけを残す構成が効果的だ。
4. 「Two Face」
人間の複数の顔や、他人から見える自分と内側の自分とのずれを連想させる曲である。声は加工や重なりによって単一の人格から離れ、タイトルにある二面性を音響的にも感じさせる。ビートにはR&Bの身体性があるものの、その上に置かれる音は安定せず、気持ちよく反復する直前で形を変える。L’Rainがポップの親しみやすさを利用しながら、それを意図的に崩す方法がよく分かる。
5. 「Find It (Reprise)」
「Find It」の素材を短く呼び戻すことで、アルバムを直線的な時間ではなく記憶の循環として感じさせる。いったん通過した声やフレーズが再登場すると、同じ音でも前後の経験によって意味が少し変わって聞こえる。独立した一曲として大きく展開するのではなく、以前の感情が突然意識へ戻ってくる瞬間を作るインタールードとして機能している。
6. 「Suck Teeth」
タイトルは苛立ちや不満を示す身体的な仕草を指し、その小さな動作を起点に感情を広げる。打楽器や声の細かなアクセントが絡み、拍の中心を強く示すというより、複数の音が少しずつ違う位置からリズムを作る。怒りを大声で説明するのではなく、舌打ちに近い身振りや音の質感から感じさせるため、日常的な身体表現と実験的な編集が自然につながっている。
7. 「Black Clap」
手拍子と声が強い存在感を持ち、身体から生まれるリズムを中心に据える。タイトルの「Black」は黒人音楽の長い歴史や共同体を連想させるが、曲はそれを一つのジャンルへ還元せず、ゴスペル、R&B、実験音楽が交差する場所を作る。クラップは非常に単純な音でありながら、反復と配置によって祝いにも緊張にも聞こえ、アルバムの社会的な視点を説明ではなく音そのものから伝えている。
8. 「Blame Me」
本作の中では比較的歌の輪郭がつかみやすく、Cheekのボーカルが感情の中心に置かれる。誰が責任を負うのかという問題を扱いながら、歌詞は単純な加害者と被害者の構図へ整理されない。柔らかな声と重い感情の対比があり、周囲の音もボーカルを完全には包み込まず隙間を残す。そのため「私を責めて」という言葉には、挑発、諦め、罪悪感のどれとも決めにくい複雑さが生まれる。
9. 「Love Her」
愛情を扱うタイトルに合わせて旋律の柔らかさが前へ出るが、L’Rainはここでも典型的なラブソングの構造には収めない。声や楽器が層になって現れては消え、相手への感情を一つの明快な宣言へ固定することを避ける。誰かを愛することが孤立から抜け出す可能性を示す一方、その親密さも完全に安定した場所ではない。アルバム後半に温度を加える重要な曲である。
10. 「Get Your Mother」
母親という非常に個人的な存在をタイトルに置き、家族や継承、喪失を思わせる領域へ入る。Cheekの作品では母の死が重要な背景の一つだが、この曲も単純な追悼歌として説明されるのではなく、声や記憶の断片が現在へ入り込むような形を取る。アルバムのコラージュという方法自体が、もう同じ場所には存在しない人や時間を録音によって呼び戻す行為として聞こえてくる。
11. 「Mr. X」
短く切り取られた人物像と不安定な音響によって、具体的な物語を最後まで明かさない。タイトルで人物を「X」と匿名化することで、誰か一人についての写実的な歌というより、記憶の中で輪郭だけが残った存在のように聞こえる。前曲の家族的な親密さから再び距離のある人物像へ移り、アルバム後半でも視点を一つの関係に固定しない。
12. 「Bow」
音の断片が互いに折り重なり、終盤へ向かうための短い橋のように機能する。「bow」という単語には身をかがめることや弓など複数の意味があり、その曖昧さと同様に曲も一つの情景へ固定されない。独立したポップソングとして結論を出すのではなく、それまで積み上げた声やリズムを一度圧縮し、最後の二曲へ意識を向け直す役割が強い。
13. 「Picasso」
芸術家の名前を題名に置きながら、偉人をたたえるような曲にはならない。断片を切り分け、異なる角度から再構成する本作の制作方法そのものが、キュビスム的な「一つの対象を一つの視点だけから見ない」という発想を連想させる。音の層は互いにきれいに溶け合うのではなく、継ぎ目をある程度残して配置されるため、コラージュという本作の方法論を終盤で改めて意識させる。
14. 「Take Two」
最後は「もう一度」を意味するタイトルを置き、明確な終止より反復の可能性を残す。録音現場でテイクをやり直す言葉にも聞こえるため、編集、記憶、再演を繰り返してきたアルバムにはよく似合う。ここまで登場した疲労や喪失が完全に解決されるわけではなく、それでも再び試みるという小さな動きが残る。循環を多用した作品だけに、終わりを新しい開始へ接続するような締めくくりである。
総評
Fatigueを特徴づけるのは、楽曲を「完成された一つの演奏」として提示するのではなく、記憶のように切断し、並べ替え、反復する方法である。会話、歌声、ノイズ、ビート、ジャズ的な演奏、ゴスペルを思わせるコーラスが同じ階層に置かれ、どれか一つが常に主役になるわけではない。曲間の境界も曖昧で、14曲を順番に聞くことで初めて、以前の音が戻ってくる意味や急な場面転換が見えてくる。
この編集方法はタイトルにある「疲労」ともよく結びついている。疲れているときの意識は、整然とした物語のように進むとは限らない。過去の会話を突然思い出したり、同じ考えへ何度も戻ったり、外から聞こえる音に注意が移ったりする。本作はそうした不連続な精神状態を、歌詞で説明するよりアルバムの構造そのものに置き換えている。そのため難解な部分はあっても、実験のための実験には聞こえにくい。
同時に、これは孤独だけを描いた作品でもない。複数の人間の声、手拍子、ゴスペルやR&Bを思わせる集団的な響きが繰り返し現れ、個人の疲労の周囲には常に他者がいる。黒人音楽の歴史を一つの様式として再現するのではなく、そのリズム、声、共同性を実験的な編集の中へ組み込む点がL’Rainの個性である。アヴァンギャルドな制作と身体的なグルーヴが別々のものとして扱われていない。
アルバムとしては意図的に断片的で、明快なサビや一曲ごとの完結性を求めると捉えにくい。しかし「Blame Me」のような比較的開かれた歌を途中に置くことで、抽象的な音響だけには偏らない。悲嘆、社会的な重圧、愛情、家族の記憶を一つの説明へまとめず、それらが同時に頭の中へ存在する状態を音にしたことがFatigueの強さである。2020年代の実験的なポップにおいて、アルバムという形式そのものを感情表現の道具として使った作品の一つである。
おすすめアルバム
L’Rain by L’Rain
2017年のデビュー作。母親の死を背景に、アンビエント、R&B、ノイズ、フィールド録音をコラージュする基本的な方法がすでにある。Fatigueで編集とリズムがどれほど緻密になったかを比較できる。
Voodoo by D’Angelo
2000年作。サウンド自体はよりR&Bに軸足を置くが、声と楽器を何層にも重ね、拍をわずかにずらすことで独特の身体感覚を作る。Fatigueの複雑なグルーヴを考えるうえで重要な接点を持つ。
A Seat at the Table by Solange
2016年作。黒人女性としての経験、疲労、自己防衛、共同体を、歌だけでなく短いインタールードを含むアルバム構成から描く。L’Rainより整然としているが、個人的経験と社会的視点の結び方が響き合う。
Negro Swan by Blood Orange
2018年作。R&Bやエレクトロニック・ポップの間に会話や声の断片を置き、黒人/クィアとしての不安、記憶、癒やしを一続きの作品へまとめる。コラージュを感情の構造として使う点が近い。
Coin Coin Chapter Four: Memphis by Matana Roberts
2019年作。ジャズ、語り、歌、ノイズ、歴史的記憶を断片的に重ね、個人と共同体の過去を直線的ではない方法で描く。Fatigueより即興音楽に近いが、複数の声と記憶からアルバムを組み立てる発想に深い共通点がある。

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