Fat Man in the Bathtub by Little Feat(1973)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Fat Man in the Bathtub」は、日常の滑稽さや人間関係の複雑さを、ひとつの奇妙なイメージ——風呂場の中の太った男——を通じて描き出す、Little Featらしいユーモアとグルーヴ感に満ちた楽曲である。

物語の語り手は、女性「アイルーン(Irene)」との複雑な関係に悩まされる男。彼は愛や性的な関係、依存、拒絶のあいだで右往左往しており、その混乱した心情が「浴槽の中に閉じ込められたような窮屈さ」として比喩的に語られていく。

歌詞はナンセンスに近い言い回しを多用しているが、どこか哀しさや焦燥感が滲む構造を持っている。そこに、ニューオーリンズ風のファンクとブルースの融合が重なり、皮肉と人間味の入り混じった作品へと昇華されているのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Fat Man in the Bathtub」は、1973年リリースのアルバム『Dixie Chicken』に収録された。Little Featがスワンプ・ロックから、より黒人音楽的なファンク/ソウルの方向性へと舵を切った象徴的なアルバムであり、この曲はその中でも特にファンキーでエネルギッシュな存在として知られている。

ソングライターであるローウェル・ジョージは、日常の断片を切り取るような歌詞に定評があり、そこにサウンドのリズムと語りのリズムを巧みに重ねるスタイルを確立していた。とりわけこの曲では、ニューオーリンズ出身のドラマー、リッチー・ヘイワードの複雑なリズムと、重層的なギター/キーボードの絡みが、歌詞の混沌とした世界観と見事に調和している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

印象的な冒頭の一節を以下に紹介する。

Spotcheck Billy got down on his hands and knees
スポットチェック・ビリーは両手両膝をついた

He said “Hey mama, hey, let me check your oil alright?”
彼は言った「なあママ、オイルを点検させてくれよ、いいだろ?」

She said “No, no honey, not tonight”
彼女は言った「ダメよ、ベイビー、今夜は無理よ」

Come back Monday, come back Tuesday, then I might
「月曜か火曜にまた来て、そしたら考えるかも」

引用元: Genius 歌詞ページ

このようなやりとりからは、性的な暗喩と男女の駆け引き、そして主人公の苛立ちが立ち上がってくる。そしてそれが、次第に「バスタブの中で身動きが取れない」という比喩へと発展していく。

4. 歌詞の考察

この曲のキモは、ナンセンスに聞こえる歌詞の背後に、男の滑稽で悲哀に満ちた感情が潜んでいる点にある。彼は愛を求め、身体を求め、そして断られ、拗ねる。その様子はまるで子どものようでもあり、しかし同時にとても人間らしい。

「Fat Man in the Bathtub」という一見突飛なタイトルは、彼の窮屈で、出口のない感情の状態を象徴している。欲望はあるが、満たされない。動きたいが、動けない。水面下ではぐるぐると渦を巻いているような感情が、リズムにのって明るく歌われることで、逆説的な味わいが生まれている。

また、歌詞には「I can’t hear you, Irene」と繰り返されるフレーズがある。これは、主人公がアイルーンの本心を理解できないこと、あるいは理解するのを拒否していることを示唆している。人間関係の“すれ違い”がここではコミカルに、しかしどこか痛々しく描かれているのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Easy Money by Rickie Lee Jones
    ファンキーなグルーヴにのせて、奇妙で人間くさい人物像を描く曲。Little Featのユーモラスな語り口に通じる魅力がある。

  • Tell Me Something Good by Rufus featuring Chaka Khan
    セクシュアルでソウルフルなナンバー。男女間の駆け引きと濃密なファンクが共通点。

  • Use Me by Bill Withers
    「利用されても構わない」という男の感情が正直に語られる名曲で、「バスタブの男」と似た依存的な心情を描いている。

  • Jesus Just Left Chicago by ZZ Top
    サザン・ブルースロックの文脈で語られる不条理な物語。Little Featと同時代的な“南部的寓話”の一形態とも言える。

6. 滑稽さと哀愁のグルーヴ:Little Feat流ストーリーテリングの粋

「Fat Man in the Bathtub」は、ただのファンク・ロックではない。グルーヴに身を委ねて踊っていれば、その裏にある皮肉や哀しみには気づかないかもしれない。しかし、立ち止まってその歌詞に耳を傾ければ、そこにはどこまでも人間臭く、そして不可解な感情が渦巻いている。

ローウェル・ジョージは、まるで映画の一場面のように人物と情景を切り取ることに長けていた。この曲では、“スポットチェック・ビリー”や“アイルーン”といった固有名詞が、架空の登場人物であるにもかかわらず、どこかで本当に存在していそうなリアリティを持っている。

ファンクのリズムと戯けた言葉の裏側に、複雑で屈折した感情を閉じ込める——それこそがLittle Featの真骨頂なのだ。そして、「Fat Man in the Bathtub」はその美学が最も痛快に花開いた楽曲のひとつである。音と言葉が一体となって、人間の愛しさと哀しさを描き出すこの曲は、時代を越えて今なお鮮烈な輝きを放っている。

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