発売日: 2007年7月9日
ジャンル: フォーク、トラディショナル、アコースティック、バロック・ポップ
歌のはじまり、沈黙のまえに——Nick Drake、その音楽の“家系図”を辿る私的アーカイブ
『Family Tree』は、Nick Drakeの家族によって保管されていた家庭録音、デモ、未発表音源を中心に編まれた編集アルバムであり、彼の“音楽のルーツ”を辿る内省的で親密なドキュメント作品である。
2007年にIsland Recordsから公式リリースされた本作は、Nickがレコードデビューする以前の1960年代後半に家庭内で録音したカセット音源を中心に構成されており、Nickという音楽家の形成過程——家族、文学、伝承曲、ジャズ、ブルース——が一枚のアルバムとして浮かび上がってくる。
まるで書きかけの詩集のように、どこか未完成で、どこか永遠で、そして何よりも“彼がそこにいた”という証として響く。
全曲レビュー(抜粋)
1. Come Into the Garden(Molly Drake)
Nickの母モリー・ドレイクによるピアノ弾き語り。Nickが詩と旋律の感性をどこから継いだのかを、静かに教えてくれる導入曲。
2. Time Piece(spoken word)
Nick自身による朗読。詩と音楽の狭間を漂う、若きNickの“言葉への信頼”が垣間見える。
3. Rain
家庭録音とは思えないほど完成度の高い、アコースティック・フォークの小品。雨というモチーフに、Nickの孤独と安らぎが交差する。
4. Tomorrow Is a Long Time(Bob Dylan カバー)
ディランの名曲をNickが柔らかくカバー。彼の音楽的ヒーローへの敬意が感じられる、純粋な弾き語り。
5. Cocaine Blues(Traditional)
ブルースを題材にしたトラディショナル・ソング。Nickのギター・スタイルが、英国フォークだけでなくアメリカ南部のフィンガーピッキングにも根ざしていたことがわかる一曲。
6. Courting Blues(Bert Jansch カバー)
ブリティッシュ・フォークの巨人、バート・ヤンシュのカバー。Nickがどれだけこの伝統を愛していたかを痛感させる名演。
7. Poor Mum(Molly Drake)
再びNickの母による詩的なピアノ・ソング。Nickの音楽性に横たわる“母の声”が、実際の音となって響く感動的な瞬間。
8. Milk and Honey(Molly Drake カバー)
母モリーの曲をNickがカバー。親子間で交わされた音楽的対話とも呼べる貴重な音源。
9. All My Trials(Traditional)
スピリチュアルに近い哀歌。Nickが“希望と喪失”を歌う声の原型がここにある。
10. They’re Leaving Me Behind
Nick自身の未発表曲。誰かに置いていかれる感覚を、抑制されたギターと囁きの声で綴る、彼の美学が早くも確立された一曲。
11. Winter Is Gone
春を待つような憂いを帯びた、スコティッシュ・トラッド風の作品。Nickの叙情性と風景描写の才能が垣間見える。
12. Blossom
最後を締めくくるのは、若きNickによるオリジナル。“花開く前”の繊細さと優しさに満ちた、まさに“Family Tree”の頂点にふさわしい一曲。
総評
『Family Tree』は、Nick Drakeという伝説のフォーク・シンガーが、伝説になる前の“家庭の音楽家”だった頃を、そっと開示する私的な記録である。
完璧に整えられたスタジオ録音ではない。
そこにあるのは、家の居間で母のピアノを聴きながら、詩を書き、ギターを鳴らしていたひとりの青年の、かすれた息遣いである。
“Family Tree(家系図)”という言葉は、血縁や文化、伝承、記憶、そして喪失の総体を指している。
そしてNick Drakeという木が、どんな根を持ち、どんな種を蒔いたか——その問いに静かに応えるのが、このアルバムなのだ。
おすすめアルバム
-
Pink Moon / Nick Drake
Nickが遺した最後のスタジオ作。『Family Tree』からの時間的・精神的つながりを感じさせる。 -
Molly Drake / Molly Drake
Nickの母による音楽集。Nickの詩と旋律の源流に出会える。 -
Time of No Reply / Nick Drake
未発表曲によってNickの晩年を補完する補遺的作品。 -
Bert Jansch / Bert Jansch
Nickに強い影響を与えたブリティッシュ・フォークの重要人物による原点作。 -
Book of Days / Susan Christie
家庭録音と幻の美しさを共有する、静かな女性フォークの傑作。
コメント