発売日: 1970年12月
ジャンル: サイケデリックロック、ブルースロック、ハードロック
概要
『False Start』は、Loveが1970年に発表した通算6作目のスタジオ・アルバムであり、アーサー・リー率いる第二期Loveの終焉と、次なる変化の予兆を象徴する過渡的作品である。
タイトルの「False Start（フライングスタート）」には、何かを始めようとして挫折する、あるいは間違った方向への衝動的な出発という皮肉が込められている。
本作は、前作『Out Here』に続いてハードなギター・ロックを中心に構成されつつも、よりタイトで凝縮されたアレンジと、アーサー・リーの社会批評的視点が強調されている。
また、オープニング・トラックにはジミ・ヘンドリックスがギタリストとして参加しており、Loveとヘンドリックスという二人のカリスマの接点が記録された歴史的音源としても知られる。
全体としてはラフでライブ感に溢れた作風だが、その裏にはアーサー・リーの孤立や音楽業界への不信、そしてアメリカ社会そのものへの疑念が渦巻いており、荒々しい音像の中に切実な感情が込められている。
全曲レビュー
1. The Everlasting First
ジミ・ヘンドリックスをゲストに迎えた衝撃的なオープニング・トラック。
爆発的なギター・トーンと、ヘンドリックス独特のファンクネスがLoveのグルーヴと交錯する。
宗教性や真理の探求を暗示する歌詞と、強烈な演奏が渾然一体となった名演。
2. Flying
軽快なフォーク・ロック調のナンバー。
“飛ぶ”というモチーフには、現実からの逃避や自由への希求が込められている。
『Forever Changes』の叙情性をわずかに残したメロウな瞬間。
3. Gimi a Little Break
ラフでファンキーなロック・チューン。
社会や人間関係に疲れた者の“少しだけ休ませてくれ”という叫びが、ざらついたギターとともに響く。
ヴォーカルは怒りと諦念のあいだを漂うように歌われる。
4. Stand Out
前作『Out Here』に収録された同名曲の再録バージョン。
パワフルでタイトな演奏にアップデートされ、より直線的なロック・ナンバーとして再構築されている。
自分自身を表に出せというメッセージは、当時のカウンターカルチャーと響き合う。
5. Keep on Shining
ファンクとブルースの要素が混ざり合った、グルーヴィな楽曲。
“輝き続けろ”というリフレインは、失望の中にある一筋の希望を象徴する。
繰り返しが多い構成は、ある種のマントラ的な効能を持つ。
6. Anytime
フォーク・ブルース風の穏やかなナンバーで、アーサー・リーのナラティヴな詞世界が印象的。
“いつでもいいよ”というフレーズの裏には、愛への諦めと開き直りが感じられる。
地味ながらも滋味深い一曲。
7. Slick Dick
タイトルからもわかる通り、ユーモアと毒を織り交ぜたロッキンなトラック。
男らしさや性的な虚栄心を風刺するような内容で、演奏もどこか皮肉げ。
ブルースとパンクの中間を突くような衝動性がある。
8. Love Is Coming
再びスピリチュアルなテーマへと立ち返るナンバー。
ラフなアンサンブルの中で“愛はやってくる”と繰り返されるその言葉は、希望というよりも呪文のように響く。
宗教的な祈りとポップソングの交錯点に立つような曲。
9. Feel Daddy Feel Good
ブルース色の強いハードロック・ナンバー。
リーのヴォーカルは荒々しく、ギターもヘヴィにうねる。
父性や男らしさのイメージに対するアンビバレントな姿勢が込められている。
10. Ride That Vibration
アルバムを締めくくる、トランス的かつファンキーな楽曲。
“波動に乗れ”というタイトルに象徴されるように、時代の変化や個人の感情に身を任せる感覚が描かれる。
反復とノリで突き進む構成は、ライブ演奏を意識したものだろう。
総評
『False Start』は、Loveというバンドの変遷の中でも、最もプリミティヴでダイレクトなロック作品である。
それは『Forever Changes』のような精緻な構築美ではなく、アーサー・リーの内面から噴き出した生の衝動そのものであり、自己表現と社会批判、希望と絶望の混濁がすべて剥き出しになっている。
ジミ・ヘンドリックスの参加による一曲目の破壊力に象徴されるように、このアルバムは終始“外向き”で、政治や文化、音楽そのものへのアンチテーゼのように鳴っている。
だがその一方で、どの曲にもリーならではのメロディの感性と詩的な視線が残されており、混沌の中に確かな作家性が見て取れる。
Loveというバンドが持っていた“可能性”の最後の瞬き、あるいは“もう一度始めようとしたが叶わなかった夢”——
まさにその名のとおり、“False Start（間違ったスタート）”という名の正直な記録なのである。
おすすめアルバム（5枚）
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Love – Reel to Real (1974)
よりソウル／ファンク寄りにシフトした、アーサー・リー晩期の異色作。 -
Jimi Hendrix – Band of Gypsys (1970)
ヘンドリックスのファンク／ロック的探求の記録。『The Everlasting First』と響き合う。 -
Funkadelic – Maggot Brain (1971)
サイケデリック・ファンクと黒人意識の交錯。Loveの過渡的フェーズとリンクする世界観。 -
Sly & The Family Stone – There’s a Riot Goin’ On (1971)
理想の崩壊と現実への怒りを、退廃的なファンクで描いた傑作。『False Start』と共鳴する暗さ。 -
Captain Beefheart – Lick My Decals Off, Baby (1970)
ロックの形式を破壊する前衛精神。アーサー・リーの逸脱志向と共通点がある。
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