アルバムレビュー:Experimental Jet Set, Trash and No Star by Sonic Youth

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発売日: 1994年5月10日
ジャンル: ローファイ、オルタナティヴ・ロック、ノイズポップ、アートロック


“反グランジ”の静かな革命——Sonic Youthが音を脱構築した内省的ドローイング

1994年、グランジとオルタナティヴがチャートの最前線に躍り出る中で、
Sonic Youthはメジャー3作目にして、最も“静かで、親密で、個人的な”アルバムを発表する。
その名も、Experimental Jet Set, Trash and No Star

タイトルに込められたのは、実験性、ゴミ文化、そしてスター不在という反商業的美学
実際、本作には明確なシングルヒットや爆発的なノイズジャムは存在しない。
代わりにあるのは、4トラックのようなローファイ質感、会話のような歌声、そして私的なノイズである。

録音はNYのSear Soundスタジオでアナログ機材を中心に行われ、
プロデューサーにはButch Vigを外し、エンジニアのJim O’Rourkeにも通じるような“曖昧な輪郭と空気”がアルバム全体を覆っている。

これはスタジアムロックへのカウンターとしての、“ベッドルーム・アートロック”なのだ。


全曲レビュー:

1. Winner’s Blues

たった1分半、アコースティックギターとThurstonのかすれた声だけで紡がれる“反勝利の歌”。
成功することのむなしさが、囁きのように響く。

2. Bull in the Heather

Kim Gordonによる語りとポップなリフが融合した、本作唯一のシングル曲。
曖昧な言葉と不安定なグルーヴが、“意味”のない世界での生を体現する。
ビースティ・ボーイズのKathleen HannaがMV出演。

3. Starfield Road

Thurstonの不穏な語りとディストーションが交差する、直線的なロックナンバー。
サイケデリックで暴力的、それでいて空虚。

4. Skink

Kimのウィスパー・ヴォイスと、波のようなギターのゆらぎ。
まるで夢の中で会話しているような浮遊感。

5. Sugar Kane(本作未収録)

※補足:’Sugar Kane’ は前作Dirtyの収録曲であり、本作には含まれない。混同注意。

6. Androgynous Mind

ジェンダーの流動性、視線、パフォーマティビティをテーマにしたKimの代表曲のひとつ。
「私は彼?それとも彼女?」——音と言葉の両面で“境界”を壊す。

7. Quest for the Cup

わずか2分。ベースのリフレインとキレのあるドラムに導かれ、
夢と現実の境界を彷徨うような曲。

8. Bone

反復されるリフの上で語られる、骨と記憶の物語。
Sonic Youth特有の“意味と無意味の交錯”がここでも顕在。

9. Doctor’s Orders

Kimのヴォーカルが挑発的に響く、不穏な愛と身体の歌。
「医者の命令よ」という言葉に込められた社会的/性的支配への抵抗。

10. Tokyo Eye

Thurstonが描く“歪んだ日本”のイメージ。
ノイジーで断片的、まるで観光客の夢と現実が交差するようなサウンド。

11. In the Mind of the Bourgeois Reader

ポスト構造主義的なタイトルを持つ、短く鋭利な楽曲。
意味の消費者=ブルジョワ読者への皮肉が込められている。

12. Sweet Shine

ラストを飾るのは、Kimによる最も感傷的な歌。
優しいギターと、子どものようなヴォーカルが、アルバム全体を“夢の後”のように締めくくる。


総評:

Experimental Jet Set, Trash and No Starは、Sonic Youth大音量のノイズから一歩引いて、自分たちの内側に耳を澄ませた作品である。

ここでは、“スター”としての自覚も、“実験”への傾倒も、すべてが日常というゴミ箱の中に溶けていく
だからこそこの作品は、親密で、曖昧で、どこか儚く、そしてとてもリアルなのだ。

商業的なピークの裏で、バンドが最も自己解体的な表現に向かったという点で、
このアルバムは90年代オルタナティヴの真の裏面史を語る重要作といえる。


おすすめアルバム:

  • Pavement / Crooked Rain, Crooked Rain
     ローファイとポップの境界を軽やかに横断した90年代インディーの金字塔。
  • Cat Power / What Would the Community Think
     親密な囁きと破れた感情が交錯する、女性ローファイ表現の傑作。
  • Blonde Redhead / Fake Can Be Just as Good
     Sonic Youthの意志を継ぎつつ、耽美さを加えたノイズ・アートロック。
  • Beck / One Foot in the Grave
     ゴミ文化と実験精神をDIYローファイで体現したアヴァンフォーク。
  • Sonic Youth / Washing Machine
     本作の路線を拡張し、より長尺かつドリーミーに展開させた次作。

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