発売日: 1970年9月3日
ジャンル: ソウル、ポップ、モータウン
概要
『Everything Is Everything』は、Diana Rossが1970年にリリースしたソロ名義での2作目のアルバムであり、The Supremes脱退後のキャリアを本格的に軌道に乗せるための重要な一歩となった作品である。
同年6月にソロデビュー作『Diana Ross』を発表し、女優としても『ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実』に向けた準備を進めていたこの時期、Rossは新たなアイデンティティと表現の拡張を模索していた。
『Everything Is Everything』は、前作に比べてより多様なサウンドと大胆なレパートリーを取り入れた意欲作である。
スタンダードの再解釈から、スウィンギーなダンスチューン、ドラマティックなバラード、果てはBeatlesのカバーに至るまで、その幅広い音楽的スケールが特徴的だ。
モータウン社内の敏腕プロデューサー、Deke Richardsを中心に、Hal Davis、Ashford & Simpsonらが制作に携わり、Diana Rossの表現力を引き出すことに成功している。
まだソロとして模索中の段階であるが、その中にも明確なスター性とヴォーカルの繊細な情感が感じられ、後の成功を予感させる作品に仕上がっている。
全曲レビュー
1. My Place
ジャズ・スタンダードを思わせるロマンティックなスロー・ナンバー。
Dianaの繊細で甘やかな声が、愛する人を迎える“場所”のぬくもりを描き出す。
アレンジは控えめで、彼女のヴォーカルが主役。
2. Ain’t No Sad Song
エネルギッシュなソウル・チューン。
失恋にも負けず「私は悲しくなんかない」と歌うこの曲は、女性の自立や回復力を感じさせる。
バックのホーンがグルーヴ感を支え、Rossの強さと柔らかさが共存する。
3. Everything Is Everything
アルバムのタイトル曲であり、人生の予測不可能性と希望を讃えるポジティブなメッセージソング。
「すべてはすべての一部なのよ」と歌うその哲学的なフレーズが、楽曲の浮遊感と相まって印象に残る。
モータウン的洗練が光る名演。
4. Baby It’s Love
柔らかく揺れるバラード。
恋に落ちた瞬間の幸福感と不安が同居する、若い恋人たちの心象風景を描く。
ストリングスとコーラスがやさしく寄り添い、Dianaの表現力が際立つ。
5. I’m Still Waiting
本作の最大のヒット曲。
「彼は戻ってくるはず」と信じて待つ女性の心情を、美しいメロディと繊細な歌唱で描いた名曲。
後にUKで再リリースされNo.1ヒットを記録し、Rossの代表曲のひとつとなった。
6. Doobedood’ndoobe, Doobedood’ndoobe, Doobedood’ndoo
タイトルの通り、スキャットのような響きが耳に残る軽快なポップ・ソウル。
言葉ではなくリズムとメロディで感情を伝える構成がユニークで、Rossの遊び心が感じられる一曲。
7. Come Together
The Beatlesの名曲をカバー。
大胆にも原曲のサイケな雰囲気をモータウン風にアレンジし、女性ヴォーカルの視点で新たな色彩を与えている。
ダイアナの声がこの不思議な詞に、艶やかな妖しさを加えている。
8. The Long and Winding Road
再びBeatlesナンバー。
Paul McCartney作のこのバラードを、Rossはより内省的かつ情感豊かに歌い上げる。
ピアノとストリングスの絡みがドラマティックで、原曲とは異なる感傷を誘う。
9. I Love You (Call Me)
軽快なラヴ・ソングで、タイトルの通り「電話してね」というシンプルで可愛らしい願いが込められている。
60年代のガールズポップの流れを受け継ぎつつも、Rossの気品あるヴォーカルで大人っぽく昇華されている。
10. How About You
スタンダード・ジャズのエッセンスが漂う一曲。
「君といると世界は素敵に見える」と歌う、シンプルで幸福感あふれるラブソング。
軽快なテンポの中にも洒落た色気がにじむ。
11. (They Long to Be) Close to You
Burt Bacharach作曲の名曲を、しっとりとした解釈で披露。
The Carpentersで有名なこのバラードを、Rossはよりジャジーに、甘く切なく歌い上げている。
彼女の包み込むような声が新たな表情を与える。
総評
『Everything Is Everything』は、Diana Rossのソロ・アーティストとしての方向性を模索しながらも、ヴォーカリストとしての多様性と可能性を存分に示した作品である。
本作では、ジャズ、ソウル、ポップ、ロックといったジャンルを柔軟に横断しながら、それぞれのスタイルを自分のものとして体現している。
特にThe Beatlesのカバーという挑戦は、Rossの歌唱力と表現力が単なる“アイドル”を超えた領域にあることを証明している。
また、「I’m Still Waiting」に象徴されるような繊細で抑制された歌唱から、「Come Together」のような奔放で挑戦的なアレンジまで、Rossの表現のレンジは驚くほど広い。
ソロとしての初期作品でありながら、彼女の中にある“多面性”が既に開花していることがわかる。
そして、どの曲にも共通しているのは、Diana Rossならではの“エレガンス”と“優雅さ”である。
このアルバムは、“Supremesの元リード”という肩書を超えて、Diana Rossという個としての表現者を際立たせる一枚であり、彼女のキャリアの礎となった作品なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- 『Diana Ross』 / Diana Ross(1970)
本作直前にリリースされたソロデビュー作。ストーリーテリングと叙情性が光る初期の代表作。 - 『Touch Me in the Morning』 / Diana Ross(1973)
繊細なバラードと洗練されたポップスが融合した、ソロキャリア中期の名作。 - 『The Supremes A’ Go-Go』 / The Supremes(1966)
Supremes時代のヒット作。Rossのヴォーカルスタイルの原点を知るには欠かせない。 - 『What’s Going On』 / Marvin Gaye(1971)
同時期のモータウン作品で、メッセージ性と音楽的完成度の高さが共鳴する。 - 『Dusty in Memphis』 / Dusty Springfield(1969)
ブルーアイド・ソウルの金字塔で、女性ヴォーカリストによる感情の深みを追求した作品としてRossと共通項を持つ。
後続作品とのつながり
『Everything Is Everything』は、続く『Surrender』(1971年)へと自然に繋がる作品でもある。
『Surrender』ではAshford & Simpsonのプロデュースによってよりドラマティックで濃密な世界観が展開されるが、本作ではその萌芽とも言えるような試みが散見される。
また、「I’m Still Waiting」のヒットがUKで火をつけたことにより、Diana Rossは欧州でもソロアーティストとしての地位を確立するきっかけを得ることになった。
このアルバムは、まさに“次へ向かうための通過点”でありながら、単なる過渡期に終わらず、彼女の多彩さを味わうには格好の一枚となっているのだ。
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