
発売日:1991年7月26日
ジャンル:Grunge / Garage Rock / Alternative Rock / Punk Rock / Noise Rock
概要
Every Good Boy Deserves Fudgeは、シアトル出身のMudhoneyが1991年に発表した2作目のスタジオ・アルバムである。1988年のシングル「Touch Me I’m Sick」と翌年のデビュー作Mudhoneyによって、シアトルの地下ロックを代表する存在となった彼らが、ガレージ・ロック、パンク、サイケデリア、ノイズ、ハードロックをさらに粗く、速く、ひねくれた形でまとめた作品である。
Mudhoneyは、後に世界的な巨大現象となる「グランジ」の歴史を考えるうえで欠かせないバンドである。
Mark Armのしゃがれたヴォーカル、Steve TurnerとArmによるファズまみれのギター、Matt Lukinの重いベース、Dan Petersの荒々しいドラム。彼らの音楽には、Black SabbathやThe Stooges、MC5、The Sonics、Blue Cheer、さらに80年代アメリカ地下のハードコア/ノイズ・ロックが同居していた。
ただし、MudhoneyをNirvanaやPearl Jamと同じ「90年代オルタナティヴ・ロックの成功物語」の中だけで見ると、本質を見失う。
Mudhoneyは最初から、洗練されることをあまり目的としていなかった。
リフは汚い。
ヴォーカルは皮肉。
録音はざらつく。
ギターはしばしば「上手く鳴らす」より「壊れかけた音を鳴らす」方向へ進む。
そして歌詞には、自信より倦怠、英雄主義より自己嫌悪、真面目さより悪ふざけがある。
Every Good Boy Deserves Fudgeは、その美学が非常に凝縮された作品である。
タイトルは、五線譜の音名を覚えるための英語圏の語呂合わせ「Every Good Boy Deserves Fudge」を借りたもの。教育的で無害なフレーズを、汚れたガレージ・ロックのアルバム名に使う時点で、Mudhoney特有のユーモアがある。
音楽的には、前作Mudhoneyよりコンパクトで、曲数は多いが1曲1曲は短い。
そこには「作品を壮大にする」より、「アイデアが尽きる前に曲を終わらせる」というパンク的な感覚がある。
しかも本作は、90年代初頭のロック録音としては意図的にローファイ寄りである。
当時、多くのバンドが大手レーベルへ進み、より大きく、クリアで、重い音を求め始めていた。ところがMudhoneyは、むしろ小規模なスタジオでアナログ的な粗さを保ち、地下バンドとしての手触りを強調した。
この選択は、1991年という年を考えると非常に象徴的である。
同年にはNirvanaのNevermind、Pearl JamのTen、SoundgardenのBadmotorfingerが登場し、シアトルのロックは一気に世界の主流へ向かう。
その直前にMudhoneyが出したEvery Good Boy Deserves Fudgeは、グランジが巨大産業になる直前の「地下の匂い」を最も濃く残した一枚なのである。
全曲レビュー
1. Generation Genocide
アルバムは、タイトルからしてMudhoneyらしい「Generation Genocide」で始まる。
「Generation」と「Genocide」を並べることで、世代全体への嫌悪や自己破壊的な感覚を誇張している。
ここには、90年代初頭の若者文化にしばしば結びつけられた「Generation X」的な倦怠とニヒリズムがある。
しかしMudhoneyは、それを社会学的に説明しない。
もっと短く、もっと粗く、もっと馬鹿馬鹿しく吐き出す。
音楽もその姿勢に合っている。
高速のドラム。
ファズ。
叫び。
ほとんど導入なしで始まり、短い時間で終わる。
アルバム全体のテーマを説明するオープニングではなく、「ここではきれいなロックは鳴らない」と宣言するような役割を果たす。
2. Let It Slide
本作を代表する楽曲のひとつ。
タイトルの「Let It Slide」は、「そのまま流す」「気にしない」「見逃す」といった意味を持つ。
Mudhoneyの歌詞には、問題を真正面から解決するより、やる気のなさや無責任さを誇張して笑いに変える傾向がある。
「Let It Slide」もその典型である。
ギター・リフは非常に覚えやすい。
しかし音は汚い。
ここにMudhoneyのポップ・センスがある。
彼らは決してメロディを拒否しているわけではない。
むしろ曲自体はかなりキャッチーである。
ただし、そのキャッチーさをファズとノイズで泥だらけにする。
60年代ガレージ・ロックと80年代パンクの接点を、90年代シアトルの音へ変換した楽曲である。
3. Good Enough
タイトルは「十分良い」「これで充分」。
野心的なロック・スターが使うにはあまりにも控えめな言葉である。
しかし、その脱力感がMudhoneyらしい。
「最高」を目指すのではない。
「Good Enough」でいい。
この態度は、技巧や完成度を競う80年代ハードロックへの反発としても理解できる。
グランジの重要な側面のひとつは、「過剰に完璧なロック」への拒絶だった。
ギター・ソロを長く弾く必要はない。
声を美しく整える必要もない。
衣装も派手でなくていい。
曲が良ければ、それで充分。
音楽はタイトル通りシンプルで、短いリフを中心に進む。
その簡潔さがむしろ強い。
4. Something So Clear
本作の中では比較的メロディアスな曲。
タイトルは「こんなにも明らかなこと」。
しかしMudhoneyの歌詞なので、明快な悟りや自己啓発には進まない。
むしろ「分かりきっているのに、人は同じ失敗を繰り返す」という諦念に近い。
ギターにはガレージ・ロック的な鋭さがあるが、サビには明確なメロディがある。
この曲を聴くと、Mudhoneyが単なるノイズ・バンドではないことがよく分かる。
Mark Armの声は汚れている。
しかし歌として成立している。
ファズが巨大でも、曲の輪郭は残る。
この均衡がMudhoneyの強みである。
5. Thorn
「Thorn=棘」。
身体に刺さる小さな異物のようなタイトルで、Mudhoneyの音楽そのものを象徴する言葉でもある。
彼らの曲は、巨大なドラマを作るより、小さな不快感を増幅することが多い。
苛立ち。
自己嫌悪。
退屈。
うまくいかない人間関係。
それらが「棘」のように残る。
音楽は短く、荒々しく、パンク的。
ギターは滑らかさを拒み、ほとんどノイズの塊として鳴る。
それでもリズム隊はタイトで、曲が完全に崩壊することはない。
この「崩れそうで崩れない」感じが、本作全体の魅力である。
6. Into the Drink
タイトルは「酒の中へ」「飲酒へ沈む」といったニュアンスを持つ。
Mudhoneyの歌詞世界には、ドラッグ、酒、無気力、自己破壊といったモチーフが頻繁に登場する。
ただし、それらをロックンロールの格好いい逸話として美化しない。
むしろ、だらしなさや惨めさとして描く。
音楽はブルース/ガレージの影響が強く、うねるようなリフが中心。
Black Sabbath的な重さとThe Stooges的な粗さの中間にある。
Mark Armのヴォーカルも、酔いと嫌悪が混じったような崩れ方をする。
「破滅的な生活」を格好よく見せないという点で、Mudhoneyのユーモアと現実感がよく出た曲である。
7. Broken Hands
「壊れた手」。
非常に身体的なタイトルである。
ギター・バンドにとって「手」は演奏そのものを支えるものだが、その手が壊れている。
このイメージには、創作、労働、身体の消耗といった複数の意味を重ねることができる。
音楽は暗めで、他の短いパンク・ナンバーより重い。
ファズの厚さも強く、Mudhoneyのストーナー/ヘヴィ・ロック的な側面が感じられる。
ここでは勢いより圧力が重要。
前半の高速曲群から少しテンションを落とし、アルバムに陰影を与える。
8. Who You Drivin’ Now?
タイトルは「今、誰を運転してるんだ?」。
直訳だけでは意味が取りにくいが、Mudhoneyらしいスラング感と人間関係の皮肉がある。
「誰が誰を操っているのか」という支配のニュアンスにも読める。
音楽は非常にガレージ・ロック的。
ギターの音は薄汚れ、ドラムは前へ進み、ヴォーカルには挑発性がある。
The Sonicsのような60年代太平洋岸北西部のガレージ・ロックと、80年代地下パンクの連続性が特に強く感じられる曲である。
Mudhoneyが「シアトルだからグランジになった」のではなく、さらに古い地域的ロックンロールの伝統を引き継いでいることを示す。
9. Move Out
タイトルは「出ていけ」「引っ越せ」。
非常に直接的な拒絶の言葉である。
Mudhoneyの曲では、人間関係を丁寧に修復するより、苛立ちをそのまま短い言葉にすることが多い。
「Move Out」もその典型。
音楽はパンク的で、無駄な装飾がない。
短く。
速く。
うるさい。
この即物性が、アルバム中盤以降のテンションを維持する。
また、「出ていけ」というシンプルな命令は、Mudhoneyの反権威的な態度とも自然に重なる。
10. Shoot the Moon
「Shoot the Moon」は、「月を撃つ」という直訳のほか、無謀な賭けや大きな目標を狙うようなニュアンスを持つ表現でもある。
Mudhoneyがこの言葉を使うと、英雄的な野心より、無茶な行動への皮肉に聞こえる。
音楽はサイケデリックな感覚が比較的強い。
ギターが単なるリフではなく、音響として広がる瞬間がある。
Mudhoneyはしばしばパンク/ガレージ・バンドとして扱われるが、サイケデリック・ロックからの影響も大きい。
ファズを「重くするため」だけではなく、「音の輪郭を溶かすため」に使う。
その特徴が本曲ではよく表れている。
11. Fuzzgun ’91
タイトルからして、このアルバムのギター美学をそのまま曲名にしたような一曲。
「Fuzzgun=ファズの銃」。
Mudhoneyにとってファズは単なるエフェクターではない。
バンドの人格そのものに近い。
Steve TurnerとMark Armのギターは、きれいなコードを鳴らすより、ファズによって音の輪郭を潰す。
その結果、ギターは「演奏」より「噴射」に近づく。
本曲は短く、ほとんど音響的なジョークのような側面もある。
しかし重要なのは、Mudhoneyがロック・ギターの「良い音」という基準を逆転させたことだ。
通常なら避けるような潰れた音、耳障りな倍音、ざらつきを積極的に使う。
その美学を最も端的に示すナンバーである。
12. Pokin’ Around
タイトルは「ぶらつく」「いじくり回す」「あれこれ探る」といった軽い表現。
曲にもその気まぐれさがある。
本作は全体に切迫した曲が多いが、「Pokin’ Around」には少し緩い、ジャムに近い感覚がある。
それでも録音は粗く、バンドの音はあくまで汚い。
Mudhoneyの魅力は、真剣なのかふざけているのか判別しにくいところにもある。
演奏は本気。
しかしタイトルや歌詞はしばしばくだらない。
この落差によって、90年代オルタナティヴにありがちな過剰な深刻さから距離を取っている。
13. Don’t Fade IV
タイトルの「Don’t Fade」は「消えないで」。
「IV」と付くことで、どこか連作や未完成の断片のような印象を与える。
Mudhoneyは作品を「完璧に閉じた芸術品」として提示するより、地下バンドの録音セッションの延長として見せることがある。
本曲にもその感触がある。
音楽は比較的サイケデリックで、ファズが空間を埋める。
「fade」という言葉自体が音響的でもある。
音が消えていくこと。
関係が消えること。
存在感が薄れること。
それに対して「Don’t Fade」と言う。
1991年という大きな変化の年に、地下シーンのバンドが「消えないで」と歌っているようにも聞こえる点が興味深い。
14. Check-Out Time
アルバム最後を飾る「Check-Out Time」。
タイトルはホテルなどの「チェックアウトの時間」であると同時に、「退出する時間」「終わりの時間」を意味する。
クロージングとして非常に分かりやすい。
しかしMudhoneyは感動的な大団円を作らない。
アルバムを壮大にまとめるのではなく、「そろそろ帰る時間」と言うように終わる。
この脱力感が彼ららしい。
音楽も、ここまでのファズ、パンク、ガレージ、サイケデリアの要素を保ちながら、作品を過度に神聖化しない。
Mudhoneyにとってアルバムは「歴史に残る大作」である前に、バンドが今鳴らしたい音を記録したもの。
「Check-Out Time」は、その姿勢を最後に確認するような一曲である。
総評
Every Good Boy Deserves Fudgeは、Mudhoneyのディスコグラフィーの中でも特に「地下バンドとしての純度」が高い作品である。
1991年。
これはロック史において非常に重要な年である。
NirvanaのNevermindが登場し、グランジは地下文化から世界的な商業現象へ変わった。
Pearl JamのTenも同年。
SoundgardenのBadmotorfingerも同年。
シアトルという都市は、突然ロック産業の中心へ押し上げられた。
しかしMudhoneyは、その巨大化の中心にいながら少し違う場所にいた。
彼らは、グランジが成功する「前」の価値観を最も強く保持していたからである。
安い機材。
汚いギター。
短い曲。
悪趣味なユーモア。
パンク的な反抗。
ガレージ・ロックへの愛。
商業的成功を完全に拒否するわけではない。
しかし成功するために音を変えることへの関心も薄い。
この姿勢がEvery Good Boy Deserves Fudgeには凝縮されている。
音楽的には、60年代ガレージ・ロックの影響が極めて重要だ。
The Sonics。
The Wailers。
The Stooges。
MC5。
こうした「パンク以前のパンク」とも言える荒いロックンロールを、80年代ハードコア以後の速度とノイズで再構築する。
そこへBlack SabbathやBlue Cheerの重量感を加える。
この複数の流れが、後に「グランジ」と呼ばれる音になる。
つまりグランジは、突然1990年代に生まれたわけではない。
60年代ガレージ。
70年代ハードロック。
パンク。
ハードコア。
ノイズ・ロック。
それらの歴史がシアトルで交差した結果である。
Mudhoneyは、その交差点を最も分かりやすく聴かせるバンドのひとつだ。
特にギターの「ファズ」は重要である。
Mudhoneyの音を語るとき、ファズは単なる装飾ではない。
通常のディストーションより音の輪郭を潰し、低域と倍音を混ぜ、ギターをほとんどノイズへ近づける。
しかし完全なノイズにはしない。
リフは残る。
この「リフが分かる程度に壊す」というバランスが、Mudhoneyの特徴である。
「Let It Slide」。
「Into the Drink」。
「Fuzzgun ’91」。
これらを聴けば、その音響美学が明確に分かる。
また、Mark Armのヴォーカルも同様に重要だ。
彼は典型的な「上手いロック・シンガー」ではない。
声は鼻にかかる。
叫ぶ。
崩れる。
しかし、これがMudhoneyの歌詞と完全に合っている。
歌詞には英雄主義がない。
むしろ失敗者、酔っぱらい、怠け者、自己破壊的な人物が多い。
そうした人物を、完璧な歌唱で表現する必要はない。
むしろ声が崩れている方が説得力がある。
Mudhoneyの大きな特徴は、グランジの「重さ」にユーモアを残したことである。
後にグランジという言葉は、鬱、疎外、自己破壊、若者の不安と強く結びつく。
もちろんMudhoneyにもそれらの要素はある。
しかし彼らは同時に、その深刻さを笑う。
タイトル。
曲名。
歌い方。
ファズの過剰さ。
どこかに必ず悪ふざけがある。
このユーモアはThe Stoogesの伝統にも通じる。
ロックは危険である。
しかし同時に馬鹿馬鹿しくもある。
その両方を受け入れる。
だからMudhoneyの音楽は、暗いのに重苦しくなりすぎない。
また、本作のローファイな録音は、後のインディー・ロックにとっても重要である。
1991年というと、CD時代が進み、ロックの録音はよりクリアで巨大になる方向にあった。
しかしEvery Good Boy Deserves Fudgeは、その流れに逆行する。
音をきれいにしすぎない。
テープの質感を残す。
ドラムを巨大なスタジアム・サウンドにしない。
ギターのノイズを修正しない。
この美学は、後のローファイ・インディー、ガレージ・リバイバル、さらには2000年代以降のDIYロックへもつながる。
The White Stripes。
Ty Segall。
Thee Oh Sees。
さまざまなバンドが、技術的に高品質な録音が可能な時代に、あえて汚い音を選ぶ。
その価値観の重要な先行例としてMudhoneyを位置づけることができる。
歌詞面では、本作は大きな思想を提示しない。
政治的マニフェストもない。
壮大な自己告白もない。
そこにあるのは、小さな苛立ちや無気力である。
「Good Enough」。
「Let It Slide」。
「Move Out」。
こうしたタイトルだけでも分かる。
Mudhoneyの世界では、人生を劇的に変える解決策はあまり出てこない。
面倒なら流す。
嫌なら出ていく。
飲む。
壊れる。
そして次の曲へ進む。
この態度は、一見すると無責任だ。
しかし、80年代末から90年代初頭の地下ロックにあった「成功物語への不信」をよく表している。
努力すれば成功する。
成功すれば幸福になる。
Mudhoneyは、そのようなアメリカ的な上昇物語にほとんど関心を示さない。
その意味でも、彼らはオルタナティヴだった。
皮肉なのは、その「成功をあまり目指さない文化」が、まさに1991年以降巨大な商業価値を持ってしまったことだ。
グランジはファッションになった。
シアトルはブランドになった。
地下の美学が市場へ吸収された。
その瞬間に発表されたEvery Good Boy Deserves Fudgeは、だからこそ歴史的に興味深い。
これは「グランジが成功した後のアルバム」ではない。
成功が爆発する直前に、シーンの地下的な倫理を保存したアルバムである。
Mudhoney自身はその後も長く活動を続け、大きな商業的成功より一貫した創作を選んだ。
そのキャリアを考えると、本作は彼らの基本姿勢を最もよく示している。
派手に進化しない。
しかし退屈もしない。
技術を誇示しない。
しかし曲は強い。
音は汚い。
しかし意図は明確。
Every Good Boy Deserves Fudgeは、グランジを「一時代の流行」ではなく、ガレージ・ロックとパンクの長い歴史の一部として理解するための重要作である。
そしてMudhoneyというバンドの価値は、まさにその歴史を、最後まで少し悪ふざけしながら鳴らし続けたことにある。
おすすめアルバム
1. Mudhoney – Mudhoney(1989)
Mudhoneyのデビュー・アルバム。より重く、泥臭く、ファズの存在感が強い。「This Gift」「Here Comes Sickness」などを収録し、バンドの基本スタイルを確立した。Every Good Boy Deserves Fudgeの短く整理された楽曲群と比較すると、初期の荒々しい重量感がよく分かる。
2. Mudhoney – Superfuzz Bigmuff(1988)
厳密には初期EPだが、Mudhoneyを理解するうえで欠かせない作品。「Touch Me I’m Sick」「Need」など、シアトル・グランジの原型となった楽曲を収録する。ファズ、ガレージ、パンク、ユーモアという彼らの基本要素が最もむき出しになっている。
3. The Stooges – Fun House(1970)
Mudhoneyの荒々しいロックンロールにとって重要な歴史的先行作。反復するリフ、Iggy Popの破壊的なヴォーカル、ガレージとノイズの境界を押し広げた演奏によって、後のパンク、グランジ、ノイズ・ロックへ大きな影響を与えた。
4. The Sonics – Here Are The Sonics!!!(1965)
太平洋岸北西部のガレージ・ロック史を遡るうえで欠かせない作品。荒い録音、絶叫、歪んだギター、R&Bの原始的なエネルギーを持ち、Mudhoneyの音楽的DNAを数十年前に先取りしている。シアトル周辺のロック文化が1990年代以前から続いていたことを理解できる一枚。
5. Nirvana – Bleach(1989)
後に世界的成功を収めるNirvanaのデビュー作で、Sub Pop期の地下シアトル・サウンドが濃く残る。Nevermindより重く粗く、MelvinsやMudhoneyと共有するスラッジ/パンク的要素が強い。Every Good Boy Deserves Fudgeと並べて聴くことで、グランジがメインストリーム化する直前のシアトルの音像を立体的に捉えられる。

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