1. 歌詞の概要
「Eugene」は、Arlo Parks(アーロ・パークス)が2020年にリリースしたシングルであり、後にデビューアルバム『Collapsed in Sunbeams』にも収録された代表的な楽曲のひとつである。この曲は、同性の親友への複雑な恋心と、それを表現できないもどかしさ、嫉妬、そして静かな失恋を描いた、極めて繊細でパーソナルな物語である。
タイトルに登場する「Eugene」は、語り手の親友が恋をしている“誰か”の名前であり、語り手自身ではない。つまり、語り手は親友と親密な関係にあるにもかかわらず、彼女が他の男性に心を傾けていくのを見守るしかできない。しかも、自分が同性であるがゆえに、その感情を表明することも、嫉妬することすらままならない。
この曲は、淡くやさしい語り口の中に、言葉にできないほどの複雑な痛みがにじみ出ている。愛しているけれど、その愛を伝えられない関係。その関係が壊れることもなければ、報われることもない。Arlo Parksはその“中間の痛み”を、驚くほど静かに、詩的に、そして鮮烈に表現している。
2. 歌詞のバックグラウンド
Arlo Parksは詩人としての顔も持ち、彼女の楽曲は常に文学的な感性に彩られている。「Eugene」もまた、詩としての完成度が非常に高い楽曲であり、リリース当時から「新しい世代のアンセム」として広く評価された。
Arlo自身がバイセクシュアルであることを公表しており、この曲も自身の経験や観察に根ざした感情の表現であることがうかがえる。ただし、「Eugene」は単なるLGBTQ+ソングではない。それは、性別やラベルを超えて、「報われないけれど本物の愛」を持つすべての人に響く、普遍的なラブストーリーなのである。
音楽的には、ゆったりとしたテンポ、柔らかなギターのフレーズ、Arloのささやくようなヴォーカルが、感情の静かな高まりを描写している。サウンドの隙間が多く、聴き手に感情を投影させる余白が豊かに残されているのも特徴的だ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I had a dream
夢を見たんだWe kissed
私たちがキスをしてたAnd it was all amethyst
その色はアメジストみたいに淡くてThe underpart of your eyes was violet
君の目の下には、かすかな紫がにじんでたAnd you hung
そして君はYour head low
うつむいてたAnd I said I know
私は「わかってるよ」って言ったIt’s okay
「大丈夫」ってI understand
私は、ちゃんとわかってる
歌詞引用元:Genius Lyrics – Eugene
4. 歌詞の考察
この楽曲の核心は、「声に出せない愛」と「他者への嫉妬」という非常に人間的で普遍的な感情にある。語り手は、友人である“君”との親密な関係を築きながらも、心の奥では恋愛感情を抱いており、それを悟られまいと必死に抑えている。
「We kissed」という夢のシーンに始まり、そこから現実へと戻ってくる構成は、まるで夢から覚めたときの“失われたもの”の感覚をそのまま再現しているようだ。そして、君が「ユージーン」と恋に落ちていることを語る場面では、その名前に対する嫉妬と同時に、「私にはそれを非難する資格がない」という痛みがある。
Arloは、感情を声高に叫ぶことをしない。彼女の言葉はささやきのようで、だからこそ、より鋭く、深く刺さる。「あなたのことが好きだった」とも「苦しい」とも言わないまま、すべてが描かれてしまっている。それはまさに、“詩人”の仕事なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Mystery of Love by Sufjan Stevens
愛と喪失が交錯する時間の中で、言葉にできない感情を描く静謐なラブソング。 - Your Best American Girl by Mitski
文化や価値観の違いを前に、恋に破れながらも自分を肯定していく葛藤のロック・バラード。 - Clementine by Sarah Jaffe
静かで親密な関係の中にある“ズレ”と、それを受け入れようとする切実な思いを描いた楽曲。 - Between Me and You by Brandon Flowers
“言えなかった想い”のすれ違いを詩的に綴る、抑制されたバラード。
6. “届かないけれど、確かにあった愛”
「Eugene」は、声に出せなかった恋、誰にも言えなかった気持ち、そのすべてを包み隠さずに描いた稀有な楽曲である。それはドラマティックな展開や劇的な別れがあるわけではない。ただそこには、“届かないけれど本物だった愛”の記憶がある。
Arlo Parksは、その記憶を誰のせいにもせず、ただ“あったもの”として受け止めている。だからこそ、この曲は苦しいけれど、美しい。言えなかった愛、諦めた恋、それらがすべて肯定されている。
「Eugene」は、恋愛の“言葉にならない部分”をすべて音楽にしたような作品である。恋をして、それが報われなかったとき、それでもその想いが無駄ではなかったと信じたい――そんな願いを、Arlo Parksはこの曲でそっと抱きしめてくれる。聴いた人の胸にそっと残るのは、切なさではなく、静かな“赦し”の余韻なのだ。
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