Erase Me by Lizzy McAlpine(2021)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

Erase Me“は、アメリカのシンガーソングライター**Lizzy McAlpineリジー・マカルパイン)**が2021年に発表した楽曲で、翌年リリースされたセカンドアルバム『five seconds flat』に収録されています。**Jacob Collier(ジェイコブ・コリアー)**をフィーチャリングに迎えたこの曲は、精神的に脆くなっている自己と、恋愛における消耗、そして“自分が誰かの中から消えていく”ことへの恐れと諦めを描いた、極めて繊細で内省的なバラードです。

タイトルの「Erase Me(私を消して)」というフレーズには、愛されたいのに消えてしまいたい、記憶に残りたくないのに誰かに必要とされたいという、矛盾した感情がこめられています。リジーの曲の中でも特に重層的な感情を扱っており、自己否定と他者への依存の間を揺れ動く複雑な心の状態が、柔らかくも胸を締めつけるような旋律とともに描かれています。


2. 歌詞のバックグラウンド

“Erase Me”は、Lizzy McAlpineの音楽的進化の象徴とも言える楽曲です。これまで彼女が得意としてきたアコースティックベースのフォーク/バラードのスタイルから一歩踏み出し、よりシネマティックかつモダンなサウンドスケープへと踏み込んだことで、リスナーに“新しいリジー”を印象づけることに成功しました。

この曲のプロデューサーはPhilip EtheringtonEhren Ebbage、そしてハーモニーの構築に重要な役割を果たしたのが、天才マルチ・インストゥルメンタリストであるJacob Collier。彼の特徴である多声的で幻想的なボーカルアレンジが、“自分が消えていく感覚”を音の構造として視覚化しています。

リジーはこの曲について、「“Erase Me”は、誰かに必要とされることで自分の存在価値を確認しようとしていた時期に書いた曲。誰かの世界にいたいと願う気持ちが強すぎると、自分自身がどこにいるのかわからなくなる。そんな感情を歌にしたかった」と語っています。


3. 歌詞の抜粋と和訳

Lyrics:
Do you think about me now and then?
‘Cause I’m coming home again

和訳:
「今でも私のことを時々思い出す?
私はまた、あなたのもとに帰ろうとしてる」

Lyrics:
But I don’t know who I am
Without you

和訳:
「でも私、自分が誰なのか分からないの
あなたがいないと」

Lyrics:
Erase me
Erase me
So you don’t have to face me

和訳:
「私を消して
私を消して
あなたが私と向き合わなくて済むように」

Lyrics:
Put me in the ground
And mow the daisies

和訳:
「私を地面に埋めて
デイジーの花を刈り取って」

(※歌詞引用元:Genius Lyrics)

歌詞に現れる「erase(消す)」「ground(土に埋める)」「daisies(デイジー)」といった語彙には、死のイメージと再生の両方が含まれており、ただ単に「忘れたい」ではなく、「もう存在しなかったことにしたい」ほどの深い痛みが表現されています。


4. 歌詞の考察

“Erase Me”は、恋愛における自己喪失と、自らの価値を見失うことの危うさを、残酷なまでに静かに描いた楽曲です。

✔️ 「私を消して」という逆説的な願望

“Erase Me”というタイトルには、表面的には「記憶から消してほしい」という意味が込められていますが、実際には**“それでも忘れてほしくない”という真逆の感情も共存している**のがこの曲の核心です。歌詞の随所には、「愛された記憶だけは残っていてほしい」という痛みが潜み、矛盾する願望が静かにせめぎ合っています

✔️ 他者に依存することでしか確認できない自己像

“Without you, I don’t know who I am(あなたがいないと、自分が誰か分からない)”というフレーズは、恋愛依存の象徴とも言える一節であり、関係性の中でしか自分を保てない不安定さを映し出しています。恋愛の崩壊とともに、アイデンティティまでもが揺らいでしまう——その危うさと悲しみを、リジーは極限まで研ぎ澄まされた言葉で表現しています。

✔️ Jacob Collierによるハーモニーが語る“消える感覚”

ジェイコブ・コリアーによる重層的なコーラスは、まるで記憶が音の中に溶けていくような錯覚を引き起こします。音のレイヤーが何層にも重なり、最終的にリジーの声さえも曖昧になっていく構造は、自我が解体されていく感覚を音楽的に体現しているのです。


5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Liability” by Lorde
     → 他人にとって“重すぎる存在”と感じることへの苦悩と受容を描くバラード。

  • “Unsaid” by Rachael Yamagata
     → 愛していたのに言葉にできなかった痛みと、沈黙の重み。

  • “The Archer” by Taylor Swift
     → 自己嫌悪と他人からの承認への渇望を、傷つきやすい語り口で綴る一曲。

  • “Hope Is a Dangerous Thing…” by Lana Del Rey
     → 自傷的な感情とそれに抗おうとする詩的なバランス。

  • “In a River” by Rostam
     → 自然の中で自己と向き合い、再生を模索する神秘的な音世界。

6. 『Erase Me』の特筆すべき点:自己の解体と他者との境界の消失

この楽曲が特に注目されるのは、歌詞・メロディ・アレンジのすべてが“私が私でなくなる過程”を表現している点です。

  • 🌀 タイトルに込められた“存在の希薄化”が、楽曲全体に深く根を張る
  • 🎧 Jacob Collierの幻想的なコーラスが、精神世界の混濁を表現
  • 💔 恋愛依存、自己否定、喪失への欲望という重いテーマを極めて詩的に昇華
  • 📽️ ミュージックビデオはまるで記憶の断片を辿るような映像構成で、楽曲の物語性をさらに深めている

結論

Erase Me“は、愛することの中に潜む“自分を見失う怖さ”と“それでも誰かの記憶に存在したいという本能”を、音楽として極限まで洗練させたバラードです。

リジー・マカルパインはこの曲で、自己と他者、現実と記憶、愛と喪失のあいだにある曖昧で痛ましい境界線を、鋭くもやさしく、そして何より正直に描き出しました。

それは、誰かに忘れられたいと願いながらも、
どこかで「どうか、私を忘れないで」と叫びたくなる——
そんな人間の矛盾した心に、深く静かに寄り添う一曲です。

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