発売日: 2012年6月5日
ジャンル: ノイズポップ、サイケデリック・ロック、ガレージロック
概要
『Endless Flowers』は、Crocodilesが2012年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、
それまでのローファイな退廃美学を保ちつつも、メロディとアレンジにおいてより華やかで開かれた方向性へと舵を切った転換点的作品である。
前作『Sleep Forever』が持っていた死と夢想の重さを残響させながら、
本作ではよりカラフルでポップ、かつサイケデリックな幸福感と幻惑が前景化している。
タイトルの「Endless Flowers（終わりなき花々）」が象徴するように、
ここには**腐敗の美ではなく、腐敗の中から咲き誇る“毒花の祝祭”**が描かれており、
かつての地下的イメージを保持しながらも、一種のロマンチックな解放感と昂揚が全編を支配している。
録音はベルリンで行われ、プロデュースはバンド自身が担当。
ヨーロッパ的な空気感とアメリカ西海岸のガレージスピリットが混ざり合い、
Crocodilesが最もバンドらしい一体感と開放性を獲得したアルバムでもある。
全曲レビュー
1. Endless Flowers
タイトル曲にしてアルバムの開幕。
祝祭的なビートとサイケなギターが咲き乱れる、新たなCrocodilesの幕開けを告げる花火のような一曲。
リリックでは「死と美は同じ花の両面」であることが、耽美的に歌われる。
2. Sunday (Psychic Conversation #9)
一転して退廃と恍惚の狭間を彷徨うサウンド。
“サイキックな会話”という表現が示すように、現実と幻覚のあいだで交わされる愛と欲望の呪文のような構成。
The Brian Jonestown Massacre的な脱臼感も。
3. No Black Clouds for Dee Dee
バンドが敬愛するDee Dee（Dum Dum Girls）に捧げたラヴソング兼エレジー。
“黒い雲は彼女にはない”という言葉に込められたのは、痛みや悲しみすら美に変換する感受性への讃歌。
4. Electric Death Song
ノイジーなギターとエコーの深いボーカルが交錯する、Crocodilesらしいカオティックなアンセム。
タイトルが示すように、死を肯定するような快楽的爆音に満ちている。
5. Hung Up on a Flower
アルバム中最もサイケデリックで幻想的な楽曲。
“1輪の花に取り憑かれる”という表現は、美への執着と狂気の境界を描く。
リズムは緩やかだが、音像は幻覚的に肥大化していく。
6. My Surfing Lucifer
異色のタイトルが印象的な中盤のキラートラック。
“ルシファーとサーフィン”というイメージが示すのは、堕落と自由の交錯点。
ユーモアと毒が同居する、皮肉とロマンに満ちたラブソング。
7. Dark Alleys
ノスタルジックでビターなメロディが映える、都市の裏路地を舞台にした詩的散歩曲。
リバーブとノイズのバランスが絶妙で、現代的ゴシック・ポップの香りも漂う。
8. Bubblegum Trash
“チューインガムのようなゴミ”というタイトルが象徴するように、
軽薄さと退廃をポップに包み込んだCrocodiles流パンク。
くだらなさの中に輝く真実を歌う、バブルガム・サイケの名曲。
9. Welcome Trouble
疾走感のあるガレージ・パンク。
トラブルを歓迎するという姿勢に、若さと破壊衝動、反骨と快楽の哲学がにじむ。
ライヴで映えるナンバー。
10. You Are Forgiven
“君は赦された”という宗教的かつ個人的な言葉で締めくくられる、静かなエンディング。
Crocodilesの持つ陰と陽、罪と祝福、死と愛の二項性が、ここで優しく結ばれる。
まるでアルバム全体が地獄を一巡りした後の赦しであるかのような感触。
総評
『Endless Flowers』は、Crocodilesが初期のノイズ美学を保ちつつ、
より開放的で多彩なポップ感覚を取り入れた意欲作である。
花＝美と死、愛と痛み、快楽と腐敗――そうした象徴をアルバム全体で多角的に扱いながら、
決して説教的になることなく、刹那的な青春と毒の混在するサイケ・ポップとして鳴り響いている。
ノイジーでありながらも、メロディは記憶に残り、
退廃的でありながらも、どこか救いがある。
この矛盾を美として昇華できる稀有なセンスが、Crocodilesを唯一無二の存在にしているのだ。
おすすめアルバム（5枚）
- The Brian Jonestown Massacre – Take It from the Man! (1996)
サイケとガレージの混交。美と混沌が同居する点で通じる。 - Dum Dum Girls – Only in Dreams (2011)
ノイズポップと女性的ロマンスの融合。Dee Deeへのオマージュを含めて関連性が高い。 - The Warlocks – Phoenix (2002)
深く沈むサイケの海。Crocodilesの幻想美と共鳴。 - The Horrors – Primary Colours (2009)
ガレージからサイケへシフトしたバンドの好例。音の進化が似ている。 - Ringo Deathstarr – Colour Trip (2011)
シューゲイズとポップの交差点で揺れる名盤。Crocodilesと共通する音像美がある。
歌詞の深読みと文化的背景
『Endless Flowers』のリリックは、ロマンチシズムとアイロニー、宗教的赦しと快楽主義的退廃が共存している。
バンドが好んで用いる“花”や“死”“ルシファー”といった語彙は、
単なる装飾ではなく、現代の若者文化におけるアイデンティティと破壊欲求の象徴である。
Crocodilesの歌詞は、愛と暴力、赦しと享楽、虚構と信仰のあいだを揺れながら、
それでもポップであることを決して手放さない。
彼らの「花」は、腐敗しながらも美しい、現代のモラトリアム世代の感性そのものなのだ。
『Endless Flowers』は、そうした感性が爆音とともに咲き乱れる瞬間を記録したアルバムである。
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