発売日: 1985年9月24日
ジャンル: ポップ、ダンス・ポップ、R&B
概要
『Eaten Alive』は、Diana Rossが1985年にリリースした12作目のスタジオ・アルバムであり、彼女のキャリアにおいて最も実験的かつ話題性に富んだ作品のひとつである。
このアルバムは、Michael JacksonとBee GeesのBarry Gibbという、ポップ史における二大巨頭との共同制作によって生まれ、華やかな話題性とともに1980年代半ばのサウンド美学を凝縮した野心作として位置づけられている。
JacksonとGibbは全曲の作詞作曲とプロデュースに関わり、当時のトレンドである電子音やドラムマシンを駆使したダンス・ポップ・サウンドを基盤に、Rossのヴォーカルに新たな表情を与えている。
表題曲「Eaten Alive」はMichael Jacksonが共演し、攻撃的かつ演劇的な構成でアルバムを象徴する存在感を放っている。
ただし、アルバムはアメリカでの商業的成功には結びつかず、Billboard 200ではトップ40圏外に留まった。
一方で、ヨーロッパや日本では一定の支持を得ており、批評家の中には「過小評価された意欲作」として再評価する声も少なくない。
全曲レビュー
1. Eaten Alive（with Michael Jackson）
アルバム冒頭を飾る、スリリングでシアトリカルなナンバー。
“生きたまま喰われる”という衝撃的なメタファーは、欲望と恋愛の危うさを象徴している。
Jacksonのハーモニーとヴォーカルアレンジが光り、Rossの声にも非日常的な緊張感が宿る。
2. Oh Teacher
ソフトでメランコリックなバラード。
“先生”に恋する少女のような語り口ながら、Rossの成熟した声によって、過去を振り返るようなノスタルジアへ昇華されている。
シンプルなピアノ伴奏がリリックを際立たせる。
3. Experience
ミッドテンポの都会的ソウル・バラード。
恋愛の酸いも甘いも知る「経験」から語られる愛の哲学は、大人の余裕を感じさせる。
ストリングスとエレピによる滑らかなアレンジが心地よく、Rossの包容力が活きている。
4. Chain Reaction
Bee Gees色が色濃く出たレトロ調のダンス・ポップ。
Motown風のビートとサビの高揚感が80年代らしい過剰さと融合し、UKでNo.1ヒットを記録した。
Rossのヴォーカルが軽やかに躍動し、アルバム中最もキャッチーで中毒性の高い一曲。
5. More and More
繊細なバラードで、愛における“足りなさ”と“満たされなさ”を描いた楽曲。
「もっと、もっと」と繰り返されるサビが執着にも似た感情を強調し、内省的な空気を作り出す。
Rossの囁くような歌声が印象的。
6. I’m Watching You
ポリリズミックなリズムに乗せて、“見られている／見張っている”というサスペンス的テーマが展開。
まるでスリラー映画のような緊張感を持ち、シンセとベースラインが絶えず蠢く。
Rossの冷たい視線を想像させる、異色のナンバー。
7. Love on the Line
電話をモチーフにした、テクノポップ寄りのラブソング。
コミュニケーションのすれ違いと期待感を、ダンサブルなビートと共に描く。
Barry Gibbらしい哀愁漂うメロディが、未来的なアレンジと好対照を成している。
8. (I Love) Being in Love with You
アルバムの中では最もストレートなラブソング。
サビではRossが大胆に「恋しているって最高」と歌い、無邪気さと情熱が同居する。
ブラスとストリングスの煌びやかなアレンジが、ポジティブな高揚感を生む。
9. Crime of Passion
『Swept Away』にも同名曲が存在するが、本作のものは全く別物。
クールなビートの上で、情熱の代償としての痛みをテーマにしたダークなポップ。
繰り返されるリズムに、麻薬的な中毒性がある。
10. Don’t Give Up on Each Other
アルバムの締めくくりにふさわしい、希望に満ちたメッセージソング。
愛が壊れそうな時こそ“あきらめないで”という言葉が強く響く。
Diana Rossの温かく力強いヴォーカルが、未来への扉をそっと開けてくれるようなフィナーレ。
総評
『Eaten Alive』は、Diana Rossが80年代中期のサウンドを最大限に受け入れ、ポップとR&Bの境界を再定義しようとした挑戦的な作品である。
Michael JacksonとBarry Gibbという、当時最も影響力のあるプロデューサー陣と手を組んだ本作は、彼女のキャリアの中でも最もスタイリッシュで実験的な一枚だと言えるだろう。
アルバム全体を通じて感じられるのは、「恋愛」というテーマに潜む不安や支配、欲望といった感情の複雑さだ。
それらを、キャッチーなポップやスリリングなファンク、繊細なバラードとして見事に表現している。
商業的にはアメリカでは成功しなかったが、イギリスでの「Chain Reaction」のヒットや、ヨーロッパを中心とした評価の高さからもわかるように、これは“時代と地域によって再評価される”タイプの作品なのである。
Rossの表現力の多面性を知るうえで、このアルバムは決して見逃せない。
おすすめアルバム（5枚）
- 『Victory』 / The Jacksons（1984）
Michael Jacksonが関与したグループ作品で、『Eaten Alive』と同時代的サウンドが共通。 - 『Emotion』 / Barbra Streisand（1984）
Barry Gibbがプロデュースを手がけた姉妹作ともいえるポップ・アルバム。 - 『Make It Big』 / Wham!（1984）
80年代ポップとR&Bの融合という文脈での参考作品。軽快さと切なさが似ている。 - 『Private Heaven』 / Sheena Easton（1984）
同時代のポップ・ディーヴァによるエレポップ色の強い作品で、映像時代の音作りが共通。 - 『Control』 / Janet Jackson（1986）
“女性が自分を語る”という意味での進化形として位置づけられる必聴作。
ビジュアルとアートワーク
『Eaten Alive』のジャケットには、黒のドレスに身を包んだDiana Rossが、挑発的かつ知的な眼差しを向ける姿が描かれている。
背景には炎や獣のモチーフが描かれ、まさに“Eaten Alive”＝“喰らい喰らわれる”世界観を視覚的に演出。
このアートワークは、Diana Rossがもはや“可憐な歌姫”ではなく、“愛と欲望を操るプレイヤー”として描かれていることを象徴している。
その変化こそが、本作最大のメッセージなのかもしれない。
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