
発売日:1985年11月4日
ジャンル:Punk Rock / New Wave / Post-Punk
概要
Cut the CrapはThe Clashが1985年に発表した6作目にして最後のスタジオ・アルバムである。ただし、それ以前の作品と同じ意味で「The Clashのアルバム」と考えるには事情が複雑だ。1983年にMick Jonesが脱退し、1984年にはドラマーのTopper Headonに続いて復帰していたTerry Chimesも不在となり、中心人物として残ったJoe StrummerとPaul Simononに、Nick Sheppard、Vince White、Pete Howardを加えた編成で活動していた。制作ではマネージャーのBernard Rhodesが「Jose Unidos」名義で大きな役割を担い、Strummerとの共同作業によってアルバムが作られた。
音楽的にも『London Calling』や『Sandinista!』のようなバンド演奏中心の作品とはかなり異なる。ギターの上を巨大な電子ドラム、シンセサイザー、掛け声のようなコーラスが覆い、パンクの単純なコード進行を80年代半ばのデジタルなプロダクションへ押し込んでいる。特にドラムは生演奏らしい細かな揺れよりも機械的な反復が強く、曲によってはギターよりリズム・トラックの方が前面に聞こえる。
歌詞には失業、社会的不平等、政治への不信、若者の連帯といったThe Clashが以前から扱ってきた問題が残っている。その意味で思想的な断絶はそれほど大きくないが、それを届ける音の方法は大幅に変化した。バンド内部の崩壊と制作上の混乱が重なった時期の作品であり、The Clashの最終作であると同時に、従来のメンバー間の化学反応が失われれたとき何が起きたのかを記録した異色作でもある。
全曲レビュー
1. 「Dictator」
巨大なドラムの連打と集団コーラスが最初から押し寄せ、従来のThe Clashとは明らかに異なる音像を提示する。ギターも鳴っているが、細かな演奏を聞かせるというより電子的なリズムや声の層へ埋め込まれている。独裁者という題名に対応して政治的な権力への反発を押し出す一方、情報量の多いプロダクションによってStrummerの声まで音の塊の一部になる。アルバムの長所と問題点を一度に提示する極端なオープニングだ。
2. 「Dirty Punk」
少年がパンクとして生きようとする姿を扱い、初期The Clashに近いストリート感覚を歌詞へ戻した曲。親や社会から見れば厄介者でしかない若者を中心に据える視点は「Career Opportunities」などにもつながるが、演奏は初期の乾いたパンクとは異なる。大きなドラムと掛け声が曲を覆うため、個人の反抗を描く物語が、群衆によるスローガンのような響きへ変化している。
3. 「We Are the Clash」
バンド名そのものを掲げ、Mick Jones脱退後の新編成がThe Clashであることを宣言するような一曲。単純なリフと「We Are the Clash」という集団コーラスを反復する構成には、観客と一緒に歌うことを意識した直接性がある。ただし自己証明を題材にしていること自体が、当時のバンドが抱えていた不安定さも感じさせる。音楽より状況を知ることで意味が大きく変わる曲である。
4. 「Are You Red..Y」
タイトルでは「ready」と「red」を重ね、政治的な含みを持たせながら聴き手を挑発する。リズムは直線的で、Strummerの歌唱と集団コーラスが呼びかけと応答を作るため、通常のロック・ソングというより政治集会のチャントに近い瞬間がある。細かなメロディの変化より反復による勢いを優先しており、本作の「個人の歌声を群衆へ拡張する」という方法がよく表れている。
5. 「Cool Under Heat」
硬質なビートを保ちながら、ギターには他の曲より空間が与えられ、Strummerのメロディも比較的追いやすい。題名が示す「圧力の中でも冷静でいる」という感覚と、緊張を切らさず一定速度で進む演奏がよく合う。プロダクションの癖は強いものの、パンク、レゲエ、ファンクなど異なるリズム感覚を一つの曲へ持ち込んできたThe Clashらしい発想がまだ確認できる。
6. 「Movers and Shakers」
社会を動かす権力者や成功者を連想させる題名を使いながら、Strummerはそうした階層を距離を置いて眺める。ドラムとベースの反復にギターを重ねる構造は簡潔だが、コーラスや電子音が隙間を埋めるため実際にはかなり密度が高い。従来ならリズム隊の細かな変化で作っていた推進力を、スタジオで重ねた音によって作ろうとしている点に本作の特殊性がある。
7. 「This Is England」
アルバムだけでなく、この時期のThe Clashを代表する曲。Strummerはイングランドを理想化せず、失業や社会的荒廃、暴力、国家への失望が入り交じる場所として描く。それでも単純な拒絶には向かわず、自分がその土地に属しているという複雑な感情が残る。シンセサイザーと大きなドラムを使ったプロダクションもここでは壮大なサビを支える方向に働き、個人の苛立ちを国全体への問いへ広げている。
8. 「Three Card Trick」
ギターの刻みとリズムの反復が比較的軽快で、アルバム後半の流れを動かす。題名はカードを使った仕掛けや騙しを連想させ、社会の中で人を操る仕組みへの不信という本作の視点とも自然につながる。コーラスを大量に重ねる手法は変わらないものの、ここではメロディとの釣り合いが比較的取れており、過剰な音作りの中からポップな骨格が見えやすい。
9. 「Fingerpoppin’」
タイトル通り軽快さを狙った曲で、政治的な緊張が続いた流れにファンク寄りのリズムを持ち込む。Strummerのボーカルも演説的な力を少し緩め、リズムに合わせて言葉を置いていく。かつてのThe Clashならベースとドラムの生々しい掛け合いで表現したであろうグルーヴを、ここでは機械的なビートとスタジオ処理によって組み立てている点が興味深い。
10. 「North and South」
Nick Sheppardが中心となって書いた曲で、Strummer主体の曲とは違うメロディ感覚が現れる。タイトルが示す地理的な対比には、地域や階級による分断を抱えたイギリス社会を連想させる面がある。アルバム全体に共通する大きなリズム処理は残るものの、歌を中心に据えた構成によって後半では比較的開けた響きを持ち、新加入メンバーの存在が見えやすい場面でもある。
11. 「Life Is Wild」
標準盤を締めくくる曲は、厚いリズムとコーラスを最後まで維持しながら、タイトル通り制御しきれない生の感覚を押し出す。細部を整理して静かに終えるのではなく、アルバムを特徴づけてきた過密な音像のまま走り切る構成である。結果としてThe Clashのキャリアを総括するような終曲にはならず、むしろバンドが混乱した状態で突然終わってしまったという実際の歴史に重なる、不安定な幕切れとなった。
総評
Cut the CrapがThe Clashのディスコグラフィーで特異なのは、単にMick Jonesがいないからではない。初期からバンドの強みだったのは、Joe Strummerの政治的な言葉、Jonesのポップな作曲感覚、Paul Simononのベース、そして時期によってはTopper Headonの非常に柔軟なドラムが互いを修正し合うことだった。本作ではそのバランスが失われ、代わりにStrummerの言葉とBernard Rhodes主導のプロダクションが作品の表面を強く支配している。
最大の問題は、楽曲そのものより音の密度にある。電子ドラム、シンセ、集団コーラスを何層も重ねる方法は、パンクを80年代半ばの技術で更新しようとする試みとして理解できる。しかし多くの曲で同じ処理が続くため、ギターやベースの細かな動き、ボーカルのニュアンスが埋もれ、曲ごとの差まで小さくしてしまう。The Clashが『London Calling』や『Sandinista!』で示した、ジャンルごとに演奏方法そのものを変える柔軟性とは対照的である。
それでも、すべてを失敗として片づけると「This Is England」の存在を説明できない。この曲では80年代的な巨大な音像がStrummerの歌詞と一致し、衰退する国家を眺める個人の声を大きなスケールへ拡張している。ほかにも「Dirty Punk」や「Three Card Trick」などには、過剰な制作の下にThe Clashらしい簡潔なメロディや社会への視線が残っている。本作の問題はアイデアが完全になくなったことではなく、それらをバンドとして整理する仕組みが弱くなっていたことにある。
The Clashは本作後の1986年に解散し、Strummer自身も後にこの時期や作品へ否定的な態度を示した。そのためCut the Crapをバンドの完成形として評価するのは難しい。しかし、成功した作品だけでは見えないThe Clashの成り立ちを逆方向から示す記録としては興味深い。優れた楽曲や政治的な問題意識だけでThe Clashが成立していたのではなく、異なる感覚を持つメンバーが同じ演奏の中で衝突することが不可欠だった。その不在がこれほどはっきり音になったという意味で、欠点を含めてキャリアの構造を理解できる最終作である。
おすすめアルバム
Combat Rock by The Clash
オリジナル編成による最後のスタジオ作。ファンク、ダブ、ヒップホップなどへの関心とポップな作曲がまだバンド演奏の中で共存しており、そこからCut the Crapで何が失われ、何が残ったかを比較しやすい。
London Calling by The Clash
パンクを軸にレゲエ、ロカビリー、ソウルなどを取り込みながら、ジャンルごとに演奏の質感まで変化させた作品。本作の均質なプロダクションと比べることで、かつてのThe Clashのアンサンブルの柔軟さがよく分かる。
Streetcore by Joe Strummer & The Mescaleros
Strummerの死後に完成した2003年作。政治や社会を見つめる歌詞はThe Clash時代から続いているが、フォークやロックを基調とした簡潔な演奏によって言葉を前へ出しており、Cut the Crapとは対照的な聞こえ方をする。
Big Audio Dynamite by Big Audio Dynamite
Mick JonesがThe Clash脱退後に結成したバンドの1985年作。サンプリング、電子的なビート、ロックを組み合わせており、Cut the Crapと同時期にJonesが別の方法でギター・バンドと新しい録音技術の接続を試していたことが分かる。
This Is Big Audio Dynamite by Big Audio Dynamite
Cut the Crapと同じ1985年に登場したBig Audio Dynamiteのデビュー作。ダンス・ビートやサンプリングを大胆に使いながら各要素に空間を残しており、The Clash分裂後にJonesとStrummerが電子的な音作りへ異なる回答を出したことを比較できる。

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