アルバムレビュー:Earthling by David Bowie

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発売日: 1997年2月3日
ジャンル: インダストリアルロック、ドラムンベース、エレクトロロック


爆音と電子の狭間で叫ぶ“地球人”——時代と共振したリアルタイムの進化形

『Earthling』は、David Bowieが1997年に発表した21作目のスタジオ・アルバムであり、テクノ/ドラムンベース/インダストリアルといった90年代のダンス・ミュージック潮流を、自らのフィルターを通して再構築した意欲作である。
前作『Outside』で示した重厚なアート性と物語性をいったん手放し、今度はもっと直接的に、サウンドとエネルギーによって“生きた現代”へと飛び込んでいる。

プロデュースはボウイ自身に加えて、長年の盟友マーク・プラティとリーヴス・ガブレルズ。デジタル・ループ、サンプル、ライブ録音のミックスが緻密に施され、エレクトロニカの前衛性とロックの衝動が激しく交錯する。
とりわけ、UKのクラブカルチャーに根ざしたジャングル/ドラムンベースの取り込みは、当時のロック界において極めて前衛的だった。

ボウイはここで、“異星人”でも“白公爵”でも“Ziggy”でもない、まさに“地球人(Earthling)”として、現代の情報過多で加速する時代と正面から対峙したのである。


全曲レビュー

1. Little Wonder
アルバムの幕開けにふさわしい、ドラムンベースとサイケデリックなヴォーカルが炸裂するトラック。
アリス・イン・ワンダーランドを引用したリリックは、混沌とアイロニーに満ちており、1990年代的情報過多感を強烈に映し出す。

2. Looking for Satellites
ミニマルなループと空間的なサウンドが支配する、内省的でメディテイティヴなナンバー。
“衛星を探す”というモチーフは、孤独な現代人の感覚と深く重なる。

3. Battle for Britain (The Letter)
ブリットポップ以降のイギリスの文化状況を、ドラムンベースと鋭利なギターで切り刻んだような攻撃的トラック。
エッジーなソロと歪んだビートが、時代の不安をそのまま音にしたかのよう。

4. Seven Years in Tibet
チベット問題をモチーフにした、政治的かつ精神的な曲。
構成は前半がスロー、後半で爆発するというダイナミックな展開で、ボウイの哲学的側面が顕在化している。

5. Dead Man Walking
長年のキャリアを俯瞰するようなリリックと、軽快なダンス・ビート。
ギター・リフは60年代の自作デモからの再利用で、過去と現在の対話が成立している。

6. Telling Lies
インターネット上で世界初の“デジタル・シングル”として発表された先進的トラック。
複数のミックスが存在し、嘘・真実・アイデンティティといったテーマが浮き彫りになる。

7. The Last Thing You Should Do
退廃的なループと電子音が支配する、不安定な空気を持つ楽曲。
“君が最後にすべきこと”とは何か、という曖昧な命題が、終末的なサウンドに溶け込む。

8. I’m Afraid of Americans
トレント・レズナー(Nine Inch Nails)によるリミックスでも知られる、最も攻撃的かつアイロニカルな一曲。
アメリカ文化への畏怖と風刺が詰まっており、90年代のグローバル化をめぐる葛藤を見事に音像化している。

9. Law (Earthlings on Fire)
カオスと祝祭が渦巻くラストトラック。
まるで火星人が地球の法律を嘲笑するような、不条理と愉悦が交錯する異色作。
ボウイ自身が“地球人”として見つめた世界の混沌が、最後に火を噴くように終幕する。


総評

『Earthling』は、David Bowieが“過去の自分”を切り離しながら、なおも“現在”という戦場に飛び込む姿勢を鮮やかに記録したアルバムである。
時代と対話するどころか、その先頭に立って飛び込んでいくような姿勢は、50代に入ったアーティストとは思えぬほど過激かつ柔軟。

商業的には賛否を呼び、評論家からも「トレンド追従」と見る声はあったが、ボウイの本質は「模倣」ではなく「吸収と変換」にある。
この作品においても、ジャングル、テクノ、インダストリアルを“ボウイ語”へと翻訳し、自らの血肉として鳴らしているのだ。

『Earthling』は、“変わること”を恐れない者が、いかに音楽で時代と闘えるかを示した証明である。
そしてそれは、かつて宇宙から地球を見下ろしていたボウイが、今まさに地上に立ち、汗を流して叫んでいるような音楽なのだ。


おすすめアルバム

  • The Fragile / Nine Inch Nails
    破壊と構築が入り混じる音の彫刻。『Earthling』と同時代・同質感のあるサウンド。
  • Come to Daddy / Aphex Twin
    攻撃的かつ不穏なエレクトロニカ。デジタル社会への皮肉と狂気が交錯する。
  • OK Computer / Radiohead
    情報化社会とアイデンティティの喪失をテーマにした、90年代後半の知的ポップの金字塔。
  • Black Tie White Noise / David Bowie
    90年代初頭の再出発作。ソウルとエレクトロの融合が先駆的だったアルバム。
  • Hours… / David Bowie
    『Earthling』の次作で、内省的なギターポップへとトーンダウン。2作品を対で聴くことで変化の軌跡が見える。

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