イントロダクション
無機質なギターのループが静かにうねり、ベースが低く脈を打つ。
そこへ乗るのは歌ではなく、日記のように淡々と語られる言葉。
Dry Cleaningは、ロンドン南部ペッカムを拠点に〈語り〉と〈轟音〉の緊張を研ぎ澄ませる四人組だ。
デビュー作 New Long Leg でポストパンクの荒野に鮮烈な足跡を残し、Stumpwork では溜め息の温度までも音に刻んだ。
彼らのサウンドは、雑念すらビートに変える“都市の内省”そのものである。
バンドの背景と歴史
2018年、アートスクール仲間だったルイス・メイ、トム・ドーラン、ニック・バーナードが「ヴォーカル不在のインスト・パンク」を模索するうち、友人のフローレンス・ショウを朗読担当として招く。
美術史講師でもある彼女の低い語り口が轢線のようにトラックを貫き、即興ジャム音源を集めた Sweet Princess EP(2019)が話題に。
続く Boundary Road Snacks and Drinks EPで UK DIY シーンの注目を浴び、4ADとの契約へ至る。
2021年、初フルアルバム New Long Leg を John Parish(PJ Harvey諸作)と共にレコーディング。
冷徹なリズムと鋭利なギターの隙間に、フローレンスのモノローグがスクラップブックのように貼り付く作風で、英NMEやPitchforkが年間ベスト上位に選出。
2022年の Stumpwork ではダブやシューゲイズの要素を滲ませ、サックスやクラリネットを導入して音の深度を拡張した。
現在は三作目のプリプロ段階に入り、バンド曰く「もっと静かで、もっと不穏」な方向を探っているという。
音楽スタイルと特徴
ドラムは四つ打ちを避け、後ろに引きずるハイハットで焦燥を醸す。
ベースはシンプルな反復ながら旋律的で、Joy Divisionを思わせる冷たさを帯びる。
ギターはクラウトロックのミニマル・リフとポストハードコアのノイズを行き来し、コードより質感で情景を描く。
そこへフローレンスが新聞広告、チャット履歴、スーパーマーケットの陳列――生活の切れ端をコラージュした詩を抑揚なく語り、聴き手の脳内で意味が反射する。
代表曲の解説
● Scratchcard Listerine
EP期の代表曲。
淡々と刻む8分音符ベースに乗せ「あなたの夢は郵便物の山でできている」と畳みかけ、最後にギターがフィードバックの津波を起こす。
● Strong Feelings
New Long Leg ハイライト。
恋愛を巡る情動を「中華料理とブレグジットのニュース」に譬え、リフが半音下降を繰り返すたび不安が胸を締めつける。
● Gary Ashby
Stumpwork のシングル。
消えた家族の亀を探す物語を1分台の軽快ビートに乗せ、日常のシュールさと喪失感を一瞬で交差させる。
● Liberty Log
7分超のスロウナンバー。
ダブ処理されたドラムとディレイギターが無限遠点を描き、語りはやがて囁きへ溶ける。
「自由はログインの度に規約が変わる」と呟く言葉が心に残る。
アルバムごとの進化
年 | タイトル | 特色 |
---|---|---|
2019 | Sweet Princess EP | ガレージ録音。語りとノイズの衝突が生々しい |
2019 | Boundary Road Snacks and Drinks EP | リズム隊がタイトになり、言葉とビートの間に呼吸が生まれる |
2021 | New Long Leg | ミニマル・ポストパンクに達観した語りを接合。都市の不協和音を結晶化 |
2022 | Stumpwork | ダブ/ジャズ的余白とシューゲイズのレイヤーで音像を拡張。内省がさらに深度を増す |
影響を受けた音楽
WireやSonic Youthの反復美学、Sleaford Modsの語り口、The Fallの皮肉感覚。
さらにビョークやBroadcastのテクスチャー処理に学んだ空間づくりが、Dry Cleaning独自の“冷たい余白”を形成する。
与えたインパクト
彼らの登場以降、UKポストパンク新潮流では“スポークンワード×ギターリフ”が定型化し、Yard ActやBlack Country, New Roadらがシーンを拡大。
また、SNS時代の断片的言語をそのままリリックに転用する手法が、詩のあり方を刷新した。
オリジナル要素
・語りと楽器の“ノンシンクロ”
ヴォーカルをクリックに合わせず、微妙に前後させることで無意識レベルの揺らぎを生む。
・日用品サウンドのサンプリング
キッチンタイマーや電動歯ブラシ音をフィールド録音し、楽曲のリズム補強として忍ばせる。
・Lyric Zine
アルバムごとにコラージュ詩集を制作し、ライブ物販で限定配布。語りの源流を可視化するアートワークとなっている。
まとめ
Dry Cleaning は、“話すこと”と“鳴らすこと”の境界を限りなくゼロに近づけ、現代都市の断片を鋭く切り取る。
耳に入るのは淡々とした声と反復リフ、しかし聴き終えたあとには生活のノイズが別の色彩で立ち上がる。
彼らの次章がどのような〈沈黙〉と〈轟音〉を連れてくるのか──その余白にじっくりと耳を澄ませたい。
コメント