1. 歌詞の概要
「Dream Job」は、Yard Actが2023年にリリースしたセカンド・アルバム『Where’s My Utopia?』のリードシングルとして発表された楽曲であり、彼らが築いてきた語り口と風刺的ユーモアに加え、より洗練されたサウンドと深い自己分析を含んだ、新たなフェーズの到来を感じさせる一曲である。
この曲は、タイトルが示す通り「夢の仕事(Dream Job)」について語っている。しかし、それは決して理想郷のような職業賛歌ではない。むしろ逆に、「夢の仕事」を手に入れたはずなのに、満たされない自己や、積み重なる疲労、歪んでいくアイデンティティに焦点を当てており、“成功とは何か”に対する痛烈な問いを投げかけてくる。
表層的にはポップでキャッチーに響くこの曲の内側には、アーティストとしての葛藤、創造と消費のジレンマ、現代社会における「働くこと」の本質的空虚さが刻み込まれている。
2. 歌詞のバックグラウンド
James Smith(Vo)は、この曲について「バンドが成功したあと、自分たちの言葉や思想がどう消費されていくかに対して感じた違和感」を表現したと語っている。「Dream Job」とはつまり、ミュージシャンとして食べていける状態——夢が叶った状態——のことでありながら、それと同時に“夢”が“職業”へと変質してしまうことへのジレンマでもある。
また、パンデミック後のツアー生活や制作活動の過密さ、成功に伴う期待と圧力といった現実的な背景もこの曲の核を形成しており、作品の中では最も自己言及的な内容となっている。Yard Actは本作で、これまで皮肉とユーモアを通して社会を俯瞰してきた自分たち自身を、ついに“対象”として見つめ直したのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I got the dream job
Living the dream
But the dream’s just a job
That no longer means
夢の仕事を手に入れた
まさに“夢を生きてる”
でもその夢は、ただの仕事になって
もはや意味を持たない
I don’t hate what I do
But I’m not sure I love it
And that’s the curse
Of being above it
今やってることが嫌いなわけじゃない
けど、それを愛してるとも言いきれない
それが“上に行くこと”の
呪いなんだ
Always on the move
With nowhere to go
Just chasing the next thing
For a sense of control
いつも動いてる
でも行き先はない
“次”を追いかけてるだけ
ただ自分を保つために
歌詞引用元:Genius – Yard Act “Dream Job”
4. 歌詞の考察
「Dream Job」の歌詞は、キャリアの成功と精神の空洞化という矛盾した現象を見事に言語化している。「夢だったはずの仕事が、意味を失ってしまった」——これは、現代社会の多くの“成功者”が抱える共通の苦悩であり、芸術家に限らず、多くの職業人に通じる普遍的なテーマだ。
「I don’t hate what I do, but I’m not sure I love it(嫌いじゃない、でも愛してるかは分からない)」というラインは特に象徴的で、それは情熱の喪失ではなく、情熱が“制度化されたもの”として消費されていく恐怖に近い。創作が仕事になり、仕事が義務になり、義務がアイデンティティを食い潰していく——この曲は、そのプロセスを言葉とビートで刻んでいく。
また、「Always on the move / With nowhere to go(常に動いてるけど、行き先はない)」というラインは、現代人の“自己実現という幻想”の終焉を描いている。常に何かを目指し、達成しなければならないという圧力の中で、実際には「立ち止まること」が許されない世界。その切実な疲労と、しかし止まれない自分——この曲には、そうした現代的な焦燥がしっかりと息づいている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Pressure to Party by Julia Jacklin
成功や社会的期待に押し潰されそうになりながら、それでも前を向こうとする心の記録。 - Born Under Punches (The Heat Goes On) by Talking Heads
社会の機能と人間の狂気が交錯するダンサブルな名曲。リズムと不安の表現が秀逸。 - I’m Working at NASA on Acid by The Flaming Lips
非現実的な仕事を通して描かれる現実逃避と自己喪失の幻想世界。 -
Los Ageless by St. Vincent
美しさや成功が制度として求められることのアイロニーと不安を、美しい破滅として描く。 -
No Plan by David Bowie
生と死、目的と空白のあいだをたゆたう晩年の名曲。終点なき移動の美学。
6. “夢”が“職業”に変わるときのリアル
「Dream Job」は、タイトルのきらびやかさとは裏腹に、“夢が叶ったあと”の虚無と不安、そしてそこから再び自分を立て直そうとする“新しい倫理”を描いている。Yard Actが語るのは、もはや社会風刺でも政治批評でもなく、自らの生の在り方そのものであり、それは聴く者にとっても強烈な鏡となる。
この曲は、成功とは“ゴール”ではなく“スタート”であり、むしろ「そこからの問い直しこそが本当の始まり」であることを示している。「夢を生きる」という言葉が、祝福のように響かなくなった時代にあって、Yard Actはそれを正面から受け止め、語り、歌った。だからこそこの曲は、“本当の夢”の輪郭を、音の隙間からそっと浮かび上がらせてくれるのだ。
「Dream Job」は、現代人すべての胸にある「それでもやりたかったはずのこと」が、いつの間にか「しなきゃいけないこと」になってしまう瞬間の痛みと、美しさを静かに描いた一曲である。Yard Actはその矛盾を暴きながら、同時に“生きていくこと”のリアリティを、ここまで明晰に語ってみせた。これは、夢と現実がぶつかるその境界線に立つすべての人への、静かなエールでもある。
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