発売日: 2024年6月14日
ジャンル: R&B、ポップ、ヒップホップソウル
『Dopamine』は、Normaniが2024年に発表した待望のデビュー・スタジオ・アルバムであり、彼女のソロアーティストとしての成熟と決意を強く印象づける作品である。
Fifth Harmony解散後の長い準備期間を経て届けられたこのアルバムは、R&Bを軸にしながらも、ポップ、ヒップホップ、ダンスホールなどを自在に横断し、彼女のアイデンティティと創造性が結晶した意欲作となっている。
アルバム制作には、StarrahやTayla Parx、Hit-Boy、Cardoら名だたるプロデューサー陣が参加し、ジャンルをまたぐ柔軟な音作りを支えている。
Normani自身も全体を通して制作に深く関与しており、単なる“元ガールグループ出身”という枠を超えた表現者としての野心を強く感じさせる。
キャリア初期から注目を集めてきた彼女だが、これまで多くのコラボレーションやシングルで試行錯誤を重ねてきた経緯があり、本作ではそうした経験の蓄積が一つの頂点として結実しているようにも思える。
また、ビヨンセやジャネット・ジャクソン、アリーヤなど90〜2000年代R&Bディーヴァからの影響も随所に感じられ、そのリスペクトと現代性の融合がアルバム全体に気品とダイナミズムを与えている。
2020年代のR&Bにおける女性アーティストの躍進を象徴する1枚として、本作『Dopamine』は明確な存在感を放っている。
リリース前からファンや批評家の間で大きな注目を集めていたこともあり、彼女のキャリアにおいて決定的な転機となる作品と言ってよいだろう。
全曲レビュー
1. Big Boy
アルバム冒頭を飾るこの曲は、Cardoの軽快なプロダクションが光るウェストコースト風Gファンク調R&B。
Normaniの声はクールに抑えられ、音数の少ないビートが余白を生かしつつセクシーに響く。
自信と威圧感が共存するリリックが、自己肯定と再出発のテーマを象徴している。
2. Still
叙情的なコード進行に乗せて、失われた愛に対する未練を吐露するバラード調のナンバー。
メロディラインにはビヨンセ『I Miss You』のような哀愁が漂い、彼女のヴォーカルが持つ繊細な表現力が前面に出ている。
3. Take My Time (feat. James Blake)
UKの鬼才James Blakeをフィーチャーした実験的トラック。
ピッチ加工されたヴォーカルや不安定なハーモニーがサイケデリックな浮遊感を生み出し、アルバム中盤のハイライトともいえる1曲。
Normaniの表現が抽象性と親密さを往復する。
4. Lights Off
エレクトロR&Bのミニマルなプロダクションが印象的な1曲で、夜の静寂と孤独を描く。
ドラムレスのセクションやささやくような歌唱が、楽曲に儚さと神秘性を与えている。
5. 1:59 (feat. Gunna)
トラップとR&Bが交差する本作中でもっともストリート色の強いトラック。
Gunnaのバースが楽曲にスモーキーな質感を加え、対照的にNormaniは冷静で芯のあるヴォーカルを響かせる。
6. Candy Paint
一転して陽性のファンクグルーヴが躍動するダンスチューン。
プリンスやジャネット・ジャクソンからの影響を感じさせる構成で、ライブ映えも意識されたナンバーだと思われる。
7. Insatiable
身体性と官能性を高めるスロージャム。
リリックは欲望と愛の境界を問い直すような内容で、90年代R&Bへの明確なオマージュが見られる。
リズムのタメが絶妙で、彼女のヴォーカルコントロールの妙を感じさせる。
8. Dopamine
タイトル曲にして本作のコンセプトを凝縮したトラック。
“快楽”を象徴するこの楽曲では、感情と肉体、光と影が交錯する。
ビートは抑制的ながら、緊張感のある構成が印象的で、アルバムの中枢をなす重要曲である。
9. Phantom Love
ドリーミーなサウンドと内省的な歌詞が溶け合う、終盤の静かなクライマックス。
愛の幻影に囚われる心情を、柔らかいビブラートと残響で描き出している。
10. Outro: Rewired
モノローグ的な語りを中心に据えた実験的アウトロ。
サイケデリックR&Bという新たな地平への扉を開くような、挑戦的な締めくくりで幕を閉じる。
総評
『Dopamine』は、Normaniというアーティストの多面的な魅力を余すところなく映し出したデビュー作である。
ただのポップアイコンにとどまらず、R&Bの伝統を受け継ぎながら新たな音の地平を切り拓こうとする意志が各曲に通底している。
その中で彼女は、自らの声と表現を使って静かにしかし確実に自己定義を進めているように思える。
アルバム全体としては、快楽と孤独、自己愛と自己否定といったテーマが交錯し、リスナーに濃密な内面世界を体感させる構成となっている。
また、収録曲それぞれが異なるトーンやテンポを持ちながらも、アルバム全体としての統一感を保っており、アートとしての完成度も高い。
特に注目すべきは、Normaniのヴォーカルの変幻自在さである。
感情を抑制する冷ややかさと、内に秘めた情熱とのせめぎ合いが、楽曲に深みと余韻を与えている。
今後の展開によっては、Beyoncé以降のR&Bディーヴァ像を再定義する存在となる可能性すらある。
その意味でも『Dopamine』は、単なるデビュー作ではなく、ひとつの時代の序章として記憶されるべき作品なのかもしれない。
おすすめアルバム
- Chlöe / In Pieces
若きR&Bクイーンによるソウルフルなデビュー作。個人の内面と葛藤を繊細に描く点で共通する。 - SZA / SOS
現代R&Bの代表格。ジャンルを自在に行き来するスタイルはNormaniにも強い影響を与えている。 - Janet Jackson / The Velvet Rope
セクシュアリティと精神性を融合した90年代の金字塔。『Dopamine』における構成の美学に通じる。 - Beyoncé / Renaissance
ダンスとアイデンティティの祭典的アルバム。Normaniもこの文脈を引き継いでいる。 -
Victoria Monét / Jaguar II
ソウル、ファンク、R&Bの交差点に立つアーティストによる作品。プロダクションのセンスに共通項あり。
制作の裏側(Behind the Scenes)
本作のレコーディングは、ロサンゼルスやアトランタの複数スタジオで行われ、デジタルとアナログの両手法を組み合わせたハイブリッドな音作りがなされた。
Hit-BoyやCardoのビートメイクは、MPCやアナログドラムマシンを用いたものも多く、サウンドの“温度感”が印象的である。
また、Normaniはこのアルバムを制作するにあたり、長期間にわたりメンタルヘルスと向き合っており、幾度もリリースが延期された背景には、音楽の内容と彼女自身の人生との同期性を重視した姿勢があった。
それゆえに、本作は彼女の“現在地”を映し出す鏡であり、デビューにしてセルフポートレートとも呼べる作品となった。
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