Do You Remember the First Time by Pulp(1994)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Do You Remember the First Time?(ドゥ・ユー・リメンバー・ザ・ファースト・タイム?)」は、1994年にリリースされたPulp(パルプ)のアルバム『His ’n’ Hers』に収録された楽曲であり、彼らがブレイクを果たすきっかけとなった代表曲のひとつである。そのタイトル通り、「初体験の記憶」をめぐる問いかけから始まるこの曲は、単なるノスタルジーではなく、欲望・屈折・社会階級といったブリットポップ特有のテーマが交差する、きわめて鋭利で挑発的なラブソングである。

冒頭から繰り返される問い――「君は“初めて”を覚えているか?」。
それは性的な意味だけでなく、ある種の“生”への目覚めや、境界を越える瞬間のことをも意味している。そして語り手は、過去に関係を持った相手が今や別のパートナーと暮らしていることを知りながら、それでも「君は本当に幸せか?」「あのときの自分の方が良かったんじゃないか?」と、皮肉と未練を交えながら問いかけ続ける。

この曲には、甘美で淫靡な郷愁と、容赦ないリアリズムが同居している。思春期の性、誰かの代わりになりたがる欲望、過去に囚われる哀しさ――それらすべてが、Jarvis Cocker(ジャーヴィス・コッカー)の語り口によって生々しく浮かび上がるのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Do You Remember the First Time?」は、Pulpにとって決定的な転機となる作品であり、長らくインディーシーンでくすぶっていた彼らが、メジャーの舞台に躍り出る起爆剤となった。フロントマンであるジャーヴィス・コッカーは、ロンドン・アート・カレッジ出身のシニカルな観察者として知られ、イギリス社会における階級意識や性へのまなざしを独自の視点で描き続けてきた。

この曲もまた、自伝的要素とフィクションが交錯しており、“初体験”をテーマにしながら、それをロマンチックなものではなく、ある種の“通過儀礼”としての現実に引き戻している。実際にジャーヴィスはこの曲について、「初体験の思い出は、美化されすぎている。でも実際は、恥ずかしくて、不器用で、少しだけ悲しい」と語っており、それがこの楽曲のトーンに直結している。

また、プロモーションビデオでは、有名無名を問わず多くの人々が“初体験の思い出”を語るインタビュー映像が使用され、「誰もが持っているが、誰もが語れない話」を浮かび上がらせる演出となっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Do You Remember the First Time?」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添える。

Do you remember the first time?
I can’t remember a worse time

君は覚えてる?初めてのあの夜を
僕は思い出せない、それよりひどい時間なんて

But you know that we’ve changed so much since then, oh yeah
We’ve grown

でも知ってるんだ、あれから僕らは随分変わったよね
ちゃんと成長したんだ

I don’t care if you screw him
Just as long as you save a piece for me

君があいつと寝たってかまわない
でも僕に、少しだけ気持ちを残しておいてくれるなら

(歌詞引用元:Genius – Pulp “Do You Remember the First Time?”)

4. 歌詞の考察

この曲の語り手は、あくまで“過去”に向かって語りかけているようでいて、実は“現在の自分の未練”を噛み締めている。冒頭で「初めての時を覚えてるか?」と尋ねながら、それが“ひどかった”とも言い、「今の君は本当に幸せか?」と問い続けるその語りは、執着と自嘲、そして切ない承認欲求が混ざり合っている。

とりわけ、「君があいつと寝たって構わない。でも少しだけ僕のために残してくれ」というラインは、関係が終わったことを受け入れられない大人の幼さと、愛ではなく欲望だけが残った切なさを赤裸々に表している。

この曲の凄さは、“初体験”という万人に共通するテーマを扱いながら、そこに安易なセンチメンタルさを一切持ち込まず、むしろそのみっともなさや未完成さを露出させて肯定するところにある。過去を振り返ることは時に恥であり、同時に癒しでもある。そしてPulpは、その“二律背反”をポップミュージックのど真ん中で提示してしまったのだ。

(歌詞引用元:Genius – Pulp “Do You Remember the First Time?”)

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Common People by Pulp(from Different Class
     労働者階級と中流階級の断絶を風刺した代表曲。性と社会階級が交差する語り口は共通するテーマ。

  • Disco 2000 by Pulp(from Different Class
     幼馴染への淡い想いと時間の経過を描いた、ノスタルジックなダンス・ナンバー。

  • Girls & Boys by Blur
     90年代UKのジェンダー感や性愛を明るく、しかし鋭く描いたブリットポップの名作。

  • Lust for Life by Iggy Pop
     欲望と快楽の肯定を叫ぶアナーキーなロック・アンセム。未練ではなく欲動そのもの。

6. 欲望と未練、その不器用な肯定

「Do You Remember the First Time?」は、Pulpというバンドが持つ知性、皮肉、感情の複雑さを端的に示す名曲である。
それは“懐かしい歌”ではなく、“忘れたふりをしてきた記憶”を突然えぐり返すような、不意打ちのような一撃だ。

性の話をしながら、実はもっと深い“喪失”や“自己肯定の欠如”を語っているこの曲は、90年代という時代においても異様な光を放っていた。
そして今もなお、それは“自分のことを完全には好きになれないすべての人”の胸に刺さる。

初めての時間――それは、うまくいかなかったかもしれない。
でもその不器用さこそが、人間の真実であり、音楽の原点でもあるのだ。
Pulpはそれを、鮮やかに、そして恥ずかしさと共に肯定してみせた。

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