発売日: 1977年9月29日
ジャンル: アートロック、プログレッシブ・ポップ、ニューウェイヴ、バロック・ポップ
概要
『Dizrythmia』は、Split Enzが1977年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの創造的転機と方向転換を象徴する作品である。
タイトルの「Dizrythmia」は“Dysrhythmia(不整脈)”の造語であり、リズムのずれ、バランスの崩壊、そして再構築への衝動を反映している。
この作品は、創設メンバーのフィル・ジャッド(Phil Judd)とマイク・チュニップ(Mike Chunn)の脱退後、ニール・フィン(Neil Finn)が正式加入した初のアルバムでもある。
バンドのリーダーであるティム・フィン(Tim Finn)は、これを機にグループの方向性を“狂気の演劇”から“よりポップなメロディと構造美”へとシフトし始めた。
前作までのバロック的で複雑な展開は少し影を潜め、よりタイトで明快な楽曲が増えたことで、ポップとアートの中間に位置するバンドの新たな表情が見えてくる。
その一方で、Split Enz特有のユーモア、不安定さ、そしてアングルの効いた世界観は健在であり、“変化の過程そのものを芸術に昇華したアルバム”と言っても過言ではない。
プロデュースはGeoff Emerick(ビートルズ作品で知られる名エンジニア)が担当。
音像は引き締まり、アレンジも研ぎ澄まされ、初期の実験的な混沌から一歩抜け出した“構築されたアートポップ”の始まりを感じさせる。
全曲レビュー
1. Bold as Brass
バンドの新時代を告げる、華やかで勢いのあるオープニングナンバー。
大胆なホーン・アレンジとファンク風リズム、そしてユーモラスなボーカルが特徴で、混沌のなかに秩序が芽生えつつあるSplit Enzの変化を象徴する一曲。
2. My Mistake
このアルバムのリード・シングルにして、Split Enz初の国際的ヒット。
スウィング・ジャズのエッセンスを取り入れた洒脱な楽曲で、失敗をユーモラスに描く歌詞と、哀愁漂うメロディが秀逸。
ティム・フィンのシンガーとしての成熟を感じさせる名曲。
3. Parrot Fashion Love
タイトルからして風変わりなラブソング。
リズミカルなピアノとキッチュなコーラスが、恋愛の軽薄さや模倣性を風刺的に描写する。
構成はコンパクトながら、アイロニカルなユーモアが詰まっている。
4. Sugar and Spice
サイケデリックとポップの狭間に位置するような不思議なムードの楽曲。
甘さと毒の同居がタイトルにも現れており、Split Enz独特の“幻想的ポップ”の系譜を感じさせる。
キーボードの装飾が効果的に使われている。
5. Without a Doubt
演劇性とサスペンス感を保った、アルバム中もっとも“旧Enz的”な楽曲。
不協和音と緊張感に満ちた展開で、後期ジャッド時代の名残を感じさせる。
曲中盤の展開はほぼ小劇場のサウンドトラックのような完成度。
6. Crosswords
ポップで軽やかなメロディとは裏腹に、歌詞では人間関係の複雑さを“クロスワード・パズル”に喩える。
Neil Finn加入後のリリック・センスと構成力の萌芽が見え隠れする小品的名曲。
7. Charley
アルバムの感情的ハイライト。
病気の子どもをテーマにしたティム・フィンによるパーソナルなバラードで、Split Enz史上最も静かで深い感情に触れた楽曲のひとつ。
シンプルなピアノ伴奏と哀しみに満ちたボーカルが胸を打つ。
8. Nice to Know
奇抜なユーモアとクイックなテンポが特徴のナンバー。
音の“ズレ”を楽しむようなアレンジで、ポストパンク的な軽さと不安定さがミックスされたユニークな一曲。
実験性とポップの絶妙なバランス感。
9. Jamboree
アルバムのラストにして、祝祭感と狂騒が入り混じる“仮面舞踏会”のような楽曲。
楽器の掛け合い、コーラスの多声部構成、サーカス的な展開が、Split Enzの“陽の狂気”を総括するフィナーレとして機能している。
総評
『Dizrythmia』は、Split Enzが初期のアヴァンギャルドでシュールな混沌から抜け出し、“ポップ・バンド”として再構築され始めた重要なアルバムである。
フィル・ジャッド脱退後の空白を埋めるように、ティム・フィンがより中心的な役割を担い、そこに若きニール・フィンの感性が加わることで、バンドは混乱を経て新たな“音楽的秩序”へと進化しつつある。
劇場的であることは変わらないが、その“芝居”がより洗練され、聴き手に届く物語として機能するようになったのがこの作品であり、Split Enzの過渡期でありながら最もバランス感覚に優れたアルバムのひとつでもある。
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