
発売日:2021年5月14日
ジャンル:ブルース・ロック/デルタ・ブルース/ガレージ・ブルース
概要
The Black Keysの『Delta Kream』は、2021年に発表されたカバー・アルバムであり、彼らの音楽的ルーツであるミシシッピ・デルタ・ブルースと北ミシシッピ・ヒル・カントリー・ブルースへ真正面から向き合った作品である。Dan AuerbachとPatrick CarneyによるThe Black Keysは、2000年代初頭に荒々しいガレージ・ブルース・デュオとして登場し、後に『Brothers』や『El Camino』でメインストリームのロック・バンドとして大きな成功を収めた。しかし、その根底には常にブルースへの深い敬意があった。
本作では、John Lee Hooker、R. L. Burnside、Junior Kimbrough、Mississippi Fred McDowell、Big Joe Williamsなどの楽曲が取り上げられている。特にJunior KimbroughとR. L. Burnsideの影響は大きく、The Black Keys初期の反復的でざらついたギター・サウンドの源流を明確に示している。タイトルの『Delta Kream』は、デルタ・ブルースへの敬意を込めた言葉であり、同時に濃厚で粘り気のある音の質感を表している。
このアルバムの重要な点は、ブルースを博物館的に再現しているのではなく、The Black Keys自身の身体感覚を通じて演奏していることである。録音は比較的生々しく、スタジオでの即興的な空気が残されている。過度に磨かれた音ではなく、アンプの歪み、ギターの揺れ、ドラムのルーズなグルーヴが前面に出る。そのため、本作は懐古的な企画盤であると同時に、The Black Keysが自分たちの出発点へ戻る作品でもある。
『Delta Kream』は、現代のロック・リスナーにとって、ブルースが単なる古典ではなく、今なお生きた音楽であることを伝えるアルバムである。ロックンロール、ガレージ・ロック、サイケデリック・ロック、ハードロックの根底にあるブルースの反復、陶酔、痛み、ユーモアを再確認するための作品といえる。
全曲レビュー
1. Crawling Kingsnake
オープニングを飾る「Crawling Kingsnake」は、John Lee Hookerのヴァージョンで広く知られるブルース・スタンダードである。タイトルのキングスネークは性的な比喩としても読まれ、ブルースにおける象徴的な動物イメージのひとつである。
The Black Keysの演奏は、原曲の持つ低くうねる反復感を重視している。ギターは鋭く歪みながらも、リフは過度に複雑化されない。Patrick Carneyのドラムはタイトというよりも、土臭い揺れを残し、ブルースの身体性を支える。アルバム冒頭から、本作が洗練されたロック作品ではなく、湿り気とざらつきを持つブルースへの回帰であることを示している。
2. Louise
「Louise」は、Mississippi Fred McDowellの楽曲として知られるブルースである。女性の名をタイトルにしたこの曲は、恋愛、欲望、喪失、執着といったブルースの基本的なテーマを含んでいる。
The Black Keysの解釈では、ギターの反復が催眠的に響き、Dan Auerbachのヴォーカルは感情を大げさに叫ぶのではなく、乾いた語り口で曲を進める。ブルースにおける感情表現は、必ずしも泣き叫ぶことではない。むしろ、同じフレーズを繰り返す中で、感情が徐々に滲み出る。この曲はその構造をよく示している。
3. Poor Boy a Long Way from Home
「Poor Boy a Long Way from Home」は、ブルースの根本的なテーマである放浪と孤独を扱った楽曲である。家から遠く離れた貧しい男というイメージは、デルタ・ブルースにおける移動、労働、疎外の象徴である。
音楽的には、スライド・ギター的な響きとゆったりしたリズムが印象的で、旅の疲労感と広大な距離感が表現されている。The Black Keysは、ここでブルースを過度に現代的なロックへ変換するのではなく、原曲の簡素な骨格を尊重している。歌詞の孤独感は、現代のリスナーにも通じる普遍性を持つ。
4. Stay All Night
「Stay All Night」は、Junior Kimbroughの影響が強く感じられる楽曲であり、北ミシシッピ・ヒル・カントリー・ブルース特有の反復的なグルーヴが中心となっている。デルタ・ブルースが物語性やコード進行の緊張を持つのに対し、ヒル・カントリー・ブルースはしばしば一つのリフやリズムを延々と反復し、トランス的な効果を生み出す。
本曲でも、演奏は大きく展開するというより、同じ熱を保ちながら続いていく。タイトルが示す「一晩中いる」という感覚は、単なる恋愛の誘いであると同時に、音楽のグルーヴの中に留まり続けることを意味している。The Black Keysの初期作に直結する重要なスタイルである。
5. Going Down South
R. L. Burnsideの代表的な楽曲である「Going Down South」は、本作の中でも特にThe Black Keysとの相性が良い曲である。南へ向かうというタイトルは、地理的な移動であると同時に、ブルースの源流へ戻る精神的な動きとしても解釈できる。
サウンドは重く、ギターの音色には粘りがある。Dan Auerbachのヴォーカルは原曲の土臭さを尊重しながらも、自身のロック的な感覚を加えている。Burnsideの音楽が持つ荒々しさ、反復、ユーモア、危うさが、The Black Keysの演奏によって現代的に再提示されている。
6. Coal Black Mattie
「Coal Black Mattie」は、Ranie BurnetteやR. L. Burnsideの系譜に連なるヒル・カントリー・ブルースである。タイトルの人物像は、ブルース特有の女性名による語りの伝統に属している。
音楽的には、リフの反復とドラムのグルーヴが中心で、曲全体が一種のダンス・ミュージックとして機能している。ブルースはしばしば悲しみの音楽として語られるが、同時に身体を動かす音楽でもある。この曲では、悲哀よりもリズムの快楽が前面に出ており、The Black Keysのガレージ・ロック的な荒さともよく合っている。
7. Do the Romp
「Do the Romp」は、Junior Kimbroughの楽曲であり、The Black Keysが初期から強く影響を受けてきたスタイルを象徴する曲である。「Romp」は荒々しく踊ることを連想させ、ブルースが持つ肉体的な側面を前面に出している。
演奏はシンプルだが、ギターとドラムの絡みが非常に重要である。Patrick Carneyのドラムは派手なフィルを多用せず、リフを前へ押し出すための粘りを作る。Dan Auerbachのギターは、粗い歪みと鋭いフレーズで曲を引っ張る。The Black Keysの原点が、まさにこの種のブルースにあることが分かる楽曲である。
8. Sad Days, Lonely Nights
「Sad Days, Lonely Nights」は、Junior Kimbroughの代表曲のひとつであり、本作の中でも特に深い哀愁を持つ楽曲である。タイトル通り、悲しい日々と孤独な夜がテーマであり、ブルースの核心にある孤独感が明確に表れている。
ただし、この曲の魅力は、悲しみを劇的に演出しない点にある。反復されるリフ、抑制されたヴォーカル、ゆるやかなリズムによって、孤独は一時的な感情ではなく、生活の中に染み込んだものとして描かれる。The Black Keysはその持続する悲しみを、現代的な音圧ではなく、グルーヴの深さで表現している。
9. Walk with Me
「Walk with Me」は、共に歩くことを求める楽曲であり、ブルースにおける孤独と companionship のテーマを扱っている。放浪する語り手が誰かに同行を求める構図は、ブルースの伝統的なモチーフである。
音楽的には、ギターの揺れとドラムのゆったりしたテンポが、歩行の感覚を生んでいる。曲は大きく盛り上がるのではなく、淡々と進む。その淡々とした進行が、長い道のりや人生の歩みを思わせる。ブルースの持つ精神的な旅の感覚がよく表れている。
10. Mellow Peaches
「Mellow Peaches」は、Big Joe Williamsに由来するブルースであり、タイトルには甘さと官能性、そして少しのユーモアが含まれている。ブルースでは果物や食べ物がしばしば性的比喩として使われるが、この曲もそうした伝統の中にある。
The Black Keysの演奏は、軽やかさよりも粘り気を重視している。ギターのフレーズは土臭く、リズムはゆるく揺れる。歌詞のユーモラスな側面と、演奏の重さが対比を生み、古いブルースが持つ俗っぽさと深みが同時に表現されている。
11. Come on and Go with Me
「Come on and Go with Me」は、誘いの言葉をタイトルにした楽曲である。ブルースにおいて「一緒に行こう」というフレーズは、恋愛、逃避、旅、自由への欲望を同時に含むことが多い。
サウンドは比較的明るく、アルバム後半に軽やかな流れを与える。だが、The Black Keysらしいざらついた音作りによって、単なる陽気な曲にはならない。ブルースの中にある誘惑と不確かさが、演奏の隙間から漂っている。
12. Crawling Kingsnake(Edit)
アルバムの最後に配置された「Crawling Kingsnake」のエディット・ヴァージョンは、冒頭曲のテーマを再び呼び戻す役割を持つ。冒頭で提示された低くうねるブルースの世界へ、最後にもう一度戻る構成になっている。
短縮された形で聴くことで、曲のリフやムードの強さがより明確になる。The Black Keysが本作で追求したのは、複雑なアレンジではなく、ブルースの核にある反復と感触である。この再提示は、アルバム全体をひとつのループのように締めくくる。
総評
『Delta Kream』は、The Black Keysが自分たちの音楽的源流へ戻ったアルバムである。彼らは2000年代以降、ガレージ・ブルース・デュオからアリーナ級のロック・アクトへと成長したが、本作ではその成功を一度脇に置き、ブルースの反復、土臭さ、即興性へ立ち返っている。
このアルバムの魅力は、ブルースを過度に現代化していない点にある。もちろん録音は現代のものだが、演奏の感覚は非常に生々しい。クリックに合わせて整えられたロックというより、部屋の中でミュージシャンたちが互いの呼吸を読みながら演奏しているような空気がある。そこに、ブルースが本来持っていた共同体的で身体的な性格が表れている。
また、本作はThe Black Keysの初期作品を理解するうえでも重要である。『The Big Come Up』や『Thickfreakness』に見られた荒々しいギター・ブルースは、単なるローファイ趣味ではなく、Junior KimbroughやR. L. Burnsideといった北ミシシッピのブルースマンたちへの深い敬意から生まれていた。本作はその影響関係を明確に示している。
歌詞面では、孤独、旅、欲望、誘惑、貧しさ、夜、女性、身体性といったブルースの古典的なモチーフが並ぶ。それらは現代的な言葉に置き換えられるのではなく、原曲の語彙や感覚を保ったまま演奏される。そのため、聴き手はロックのルーツに直接触れるような感覚を得ることができる。
『Delta Kream』は、The Black Keysの代表作として『Brothers』や『El Camino』のように語られる作品ではないかもしれない。しかし、彼らの音楽的な本質を知るうえでは非常に重要なアルバムである。ブルースがロックの過去ではなく、現在のロックを動かし続ける生きたエネルギーであることを示す、濃密で誠実な作品である。
おすすめアルバム
- The Black Keys – The Big Come Up(2002)
デビュー作。荒削りなガレージ・ブルースが前面に出ており、『Delta Kream』のルーツ感と直結する。
– The Black Keys – Thickfreakness(2003)
ローファイで重いブルース・ロック作品。ギターとドラムだけで作る粘りのあるグルーヴが本作と共通する。
– Junior Kimbrough – All Night Long(1992)
北ミシシッピ・ヒル・カントリー・ブルースの重要作。The Black Keysが強く影響を受けた反復的なグルーヴを理解できる。
– R. L. Burnside – Too Bad Jim(1994)
荒々しく土臭いブルースの魅力が詰まった作品。『Delta Kream』の音楽的背景として必聴の一枚。
– John Lee Hooker – The Healer(1989)
ブルースの反復性と語りの強さを現代的な文脈で示した作品。「Crawling Kingsnake」の系譜を理解するうえでも重要である。

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