発売日: 2013年6月11日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、エモ、アメリカーナ
“大人の失恋”を歌うエモ——静かに崩れる関係のリアルを綴った私的記録
2013年のDamageは、Jimmy Eat Worldにとって初期の衝動とポップネスから成熟した“私的な語り”への転換点として位置づけられる作品である。
バンド自身が「“大人のブレイクアップ・レコード”だ」と語るように、本作では青春的なエモーションよりも、“長い関係の終わり”という複雑でリアルな感情が主題となっている。
レコーディングは全編アナログ・テープで行われ、温かみとざらつきのある音質が特徴。
制作にはJustin Meldal-Johnsen(Beck, M83)が参加し、シンプルな編成の中に繊細な奥行きを生み出している。
過剰な装飾を排したミニマルなアレンジは、逆にリリックの重みを際立たせ、まるで“私信”のように響いてくる。
全曲レビュー
1. Appreciation
アルバムの冒頭を飾る、パワフルでドライヴ感のあるロック。
“感謝”というタイトルに反して、皮肉と疑念がにじむ。
再生よりも“終わり”の兆しが匂い立つナンバー。
2. Damage
タイトルトラックにして、アルバムの核となる告白。
「自分は君にとってダメージだったかもしれない」——という静かな自己認識と後悔。
ジム・アドキンスの声が極めて誠実に響く、バンド史上屈指の名バラード。
3. Lean
一見爽やかに流れるが、実は依存と断絶の歌。
“君に寄りかかることはもうできない”というフレーズが印象的。
4. Book of Love
ストレートで切ないラブソング。
「愛のマニュアル」が役に立たない現実に立ち尽くすような感覚。
アメリカーナ風の響きが、新しい情緒を与えている。
5. I Will Steal You Back
本作のシングル曲。
かつての関係を取り戻したいという執念にも似た感情が、キャッチーなメロディに乗って広がる。
過去作との親和性も高く、ライブ映えする楽曲。
6. Please Say No
アコースティック中心の静謐なバラード。
“やめてほしいなら、そう言って”というタイトルに表れる、曖昧な終焉への向き合い方が胸に刺さる。
7. How’d You Have Me
感情の爆発をストレートにぶつけたロック・チューン。
「君はどうやって僕を手に入れたのか」——恋愛の不均衡がテーマ。
8. No, Never
やや皮肉とユーモアを含んだミディアム・ナンバー。
“決してない”と断言しながらも、諦めきれない感情がにじむ。
9. Byebyelove
リズムは軽快だが、内容は別れの余韻そのもの。
サウンドの明るさと歌詞の寂しさのギャップが絶妙。
10. You Were Good
アルバムのラストを飾るシンプルなアコースティック曲。
ほぼ一発録りのような生々しさで、“それでも君は素晴らしかった”と語る声が、終わりの静けさに溶けていく。
総評
Damageは、Jimmy Eat Worldが“成長したエモ”の可能性を提示した作品である。
それは若さの爆発ではなく、関係性のひび割れとそれをどう受け入れるかという“日常的な傷”の記録だ。
音楽は必要以上に飾られることなく、むしろ削ぎ落とされたアレンジによって、感情の真実がより強く浮かび上がる。
“別れ”をテーマにしたアルバムは数あれど、これほどまでに静かで率直、かつ痛みをそのまま差し出してくる作品は稀である。
ここには怒りも泣き叫びもなく、あるのは“失ったあとに残る沈黙”だけだ。
おすすめアルバム
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Stay What You Are / Saves The Day
エモの感情を削ぎ落とし、ソングライティングで聴かせる名盤。 -
Transatlanticism / Death Cab for Cutie
距離と別れをテーマにした、静かなエモの傑作。 -
The Places You Have Come to Fear the Most / Dashboard Confessional
失恋の心象風景を叫びと囁きで描いた名作。 -
In the Aeroplane Over the Sea / Neutral Milk Hotel
言葉にしきれない感情と記憶を詩に変えた、“非現実のリアル”。 -
Sea Change / Beck
離別後の心の旅を、美しいメロディと乾いた音像で綴るローファイ・バラード集。
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