1. 歌詞の概要
「Cry」は、The Sundaysが1997年にリリースした最後のアルバム『Static & Silence』に収録された楽曲である。アルバム後半にひっそりと佇むこの曲は、まさに“涙”という言葉が持つ曖昧さと深さを、静かで抒情的な旋律のなかに閉じ込めた作品である。
タイトルの「Cry（泣く）」は、感情の爆発ではなく、むしろ感情が“こぼれ落ちる”瞬間の静寂を象徴しているように思える。ここで歌われる涙は、悲しみや絶望の果てにあるものではなく、むしろ諦めや優しさ、そして言葉にならない感情の蓄積が静かに流れ出すような印象を与える。
ヴォーカルのハリエット・ウィーラーは、耳元でささやくような繊細な声で、誰かに直接語りかけるように歌う。聴き手はその声に導かれるようにして、ある感情の断片へと引き込まれていく。派手な展開もなく、盛り上がりも最小限に抑えられているからこそ、1音1語が心に染みわたるような、不思議な深度を持った楽曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Sundaysは、デビューから一貫して“控えめな感情”や“言葉にならない瞬間”を音楽にしてきた稀有なバンドである。「Cry」もその延長線上にあり、明確なメッセージよりも“空気感”や“間”に価値を見出す楽曲として、彼らの作風を象徴している。
1997年の『Static & Silence』は、長い沈黙の後に発表されたアルバムでありながら、派手な再起ではなく、むしろ日常のなかに消えていくような静けさを湛えていた。その中で「Cry」は、他の収録曲よりもさらに穏やかで、時の流れに身を任せるような楽曲となっている。
この時期、バンドはほとんどメディア露出も行わず、プライベートを重視する姿勢を貫いていた。そんな中で紡がれたこの曲には、世間との距離感や、言葉にならない感情の海を静かに漂うような感覚が宿っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
So cry, cry, cry to me
だから泣いて、泣いて、私に向かってNothing’s like it used to be
すべてが昔のままじゃいられないNothing’s like it used to be
昔と同じものなんて、何ひとつない
このリフレインは、優しさと諦めのあいだを揺れ動くような響きを持っている。変わってしまった世界の中で、誰かに寄り添おうとする静かな決意が感じられる。
Don’t you see, life can be so sweet
わかってる？ 人生って、本当は甘くて美しいものなんだよBut it doesn’t taste the same to me
でも今の私には、その味がもう感じられないの
この部分では、過去にあった“甘さ”や“幸福感”が、現在にはもう届かないという喪失感が描かれる。けれど、そのことを責めたりはしない。ただ、受け入れて静かに語る——そこにこの曲の深い感情が息づいている。
※歌詞引用元：Genius – Cry Lyrics
4. 歌詞の考察
「Cry」は、愛や人生における“受け入れ”の過程を描いた曲である。語り手は、誰かの涙を拒むのではなく、むしろそれを受け止めようとしている。だからこそ、“泣いていいよ”という言葉は、慰めではなく、共に感情を感じようとする共鳴の言葉なのだ。
この楽曲の美しさは、抑制された表現の中にある。盛り上がりも、泣き叫ぶような感情もない。それでも、そこには圧倒的な“静かな共感”がある。たとえば、大切な人を失ったわけではなくても、何かが確実に変わってしまった日常の中で感じる、名づけようのない寂しさ——そんな感情に寄り添ってくれる音楽である。
また、「昔は良かった」というノスタルジーに執着するわけでもない。語り手はむしろ“もう戻らない”という事実を受け入れ、そのうえで“それでもあなたと一緒にいる”ことを選ぶような、深い人間的温かさを漂わせている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Colorblind by Counting Crows
繊細なピアノと囁くような声で、壊れやすい感情を描き出すバラード。 - Willow by Joan Armatrading
孤独と共存する愛のかたちを、柔らかい声で包み込むように歌う名曲。 - River by Joni Mitchell
季節のうつろいと心の寂しさが交差する、静かな告白。 - Half Asleep by School of Seven Bells
夢と現実の境界線にあるような音と声で、感情の揺らぎを表現。 -
Re: Stacks by Bon Iver
感情の断片を拾い集めるような静謐さをたたえた、魂のバラード。
6. “涙”は言葉の代わりに
The Sundaysの「Cry」は、涙が「感情の最終形」ではなく、「ことばよりも正直な合図」として描かれている。そこにあるのは、激しさではなく、むしろ“語れなかった思い”がようやくあふれ出す瞬間のやさしさだ。
この曲を聴いていると、泣くことは弱さではないということに気づかされる。むしろ、それは感情と誠実に向き合ってきた証だ。だから「Cry」は、悲しい曲ではなく、どこか希望すら感じさせる。それは、涙のあとに訪れる静けさが、癒しや再出発の前触れでもあるからだろう。
The Sundaysは、このようにして感情の繊細な機微を、派手な言葉や音ではなく、小さな呼吸や間の中に宿らせた。そうして生まれた「Cry」は、まるで心の奥底にそっと触れてくるような、時代や世代を超えて寄り添ってくれる楽曲なのである。
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