発売日: 2002年10月8日
ジャンル: シンセポップ、ダーク・エレクトロ、エレクトロクラッシュ
概要
『Cruelty Without Beauty』は、Soft Cellが2002年に18年ぶりのスタジオ・アルバムとしてリリースした作品であり、再結成後の彼らが“懐古”ではなく“現在の傷口”に切り込むことを選んだ、驚くほど鋭利で冷酷な帰還作である。
1984年の『This Last Night in Sodom』以来となる本作は、単なる80年代回帰ではなく、21世紀初頭の社会と感情の暴力性に正面から向き合った“現代の都市詩”として強烈な存在感を放っている。
アルバムタイトル「Cruelty Without Beauty(美なき残酷さ)」は、マーク・アーモンド(Marc Almond)という表現者が一貫して描いてきた主題――愛の欠落、快楽の腐敗、社会の空虚さを端的に言い表している。
音楽的にはシンセポップの骨格を維持しつつ、当時勃興していたエレクトロクラッシュやダーク・エレクトロのテイストを取り込み、懐かしさと攻撃性の不協和音を強調するサウンドに仕上がっている。
ヴォーカルも円熟とは無縁。
むしろ、より刺々しく、苦々しく、“老い”ではなく“腐敗の自覚”としての成熟を刻んでおり、Soft Cellがいかに時代の変化に迎合せず“自分たちの声”を保ち続けているかを証明するアルバムとなっている。
全曲レビュー
1. Darker Times
アルバムのオープニングを飾るこの曲は、時代の変化ではなく“心の闇がますます濃くなっている”という宣言のようなナンバー。
重たいビートと冷たいシンセが、現代社会の無感情さをなぞる。
Marcのヴォーカルは語りにも近く、観察者としての姿勢が際立つ。
2. Monoculture
リード・シングルにしてアルバムのコンセプトを象徴する楽曲。
「モノカルチャー=多様性なき文化の支配」をテーマに、消費社会、グローバリズム、個性の喪失を鋭く風刺。
反復される「Monoculture!」というフレーズが、冷笑的なアンセムとなる。
3. Le Grand Guignol
タイトルはかつての猟奇劇場“グラン・ギニョール”から。
暴力と欲望を舞台化するというSoft Cellらしい手法で、現代のエンターテインメント=猟奇と快楽の消費装置として描かれる。
ノイズ的なエレクトロ・サウンドと、演劇的ヴォーカルの融合が見事。
4. The Night
Four Seasonsの名曲「The Night」のカバー。
原曲のソウルフルな高揚感とは一線を画し、ここでは冷ややかなダーク・ディスコとして再解釈。
欲望と恐怖が背中合わせであることを示す異色のトリビュート。
5. Last Chance
関係の破綻、あるいは人生の転機に向き合う、切実で不穏なバラード。
「これが最後のチャンスだ」と繰り返すフレーズが、恋愛のみならず存在の危機として響く。
サウンドはミニマルながら、感情はむき出し。
6. Together Alone
共にいても孤独。タイトル通りの“都市の情緒的疎外”を描く抒情曲。
Marc Almondの叙情性と諦念が見事に共存する名バラード。
デヴィッド・ボールのシンセが夜の街を思わせる冷たさを添える。
7. Desperate
“渇望”の行き着く先にあるもの――それは快楽でも救済でもなく、虚無。
アップテンポのビートに反して、リリックはひたすら重い。
ダンスする身体と死にかけた心が分離していく様子を描写するような構成。
8. Whatever It Takes
恋人への盲目的な献身がテーマだが、それは決してロマンティックではなく、“自己喪失”を描いたダーク・エレクトロの傑作。
「何でもしてあげる」その言葉が持つ恐ろしさが、音と歌詞の交錯で炙り出される。
9. All Out of Love
失恋の歌ではあるが、そこにあるのは涙ではなく、乾いた憎しみと疲れ果てた絶望。
Marcの低く抑えた声が、かえって情念を強く感じさせる。
曲の後半でのノイズ的ブレイクが圧巻。
10. Sensation Nation
快楽社会における“感覚の飽和”をテーマにした、ほぼマントラのような反復型トラック。
「We are a sensation nation」というラインが、皮肉にも中毒性を帯びる。
クラブでも機能しうる強烈なエレクトロ・ナンバー。
11. Caligula Syndrome
タイトルはローマ皇帝カリギュラから。権力、欲望、狂気、そして孤独が同居する人間の深淵を覗き込むようなトラック。
Marc Almondがまるで悪夢の語り部のように“堕落する王”を演じる。
演劇と音楽が交錯する、アルバム随一のアブノーマルな傑作。
12. On an Up
アルバムの最後に配されたこの曲は、まるで終わることのない“躁状態”のようなトラック。
明るいメロディラインに反して、リリックには虚ろなテンションと“何もない幸福”が滲む。
幸福の裏にある無音と空白を見つめるような終幕。
総評
『Cruelty Without Beauty』は、Soft Cellが時代の空気を読み流すことなく、むしろ“痛みの輪郭”を鋭く描写することに徹した驚異的な再起作である。
懐古主義でもなく、ただのノスタルジアでもない。
ここには、壊れた関係、腐った文化、消耗された愛に対する批評と詩がある。
Marc Almondのボーカルは、若き日の情熱よりも、経験と損耗を纏った“語る声”としての深みを増しており、David Ballのプロダクションは冷徹なまでに現代的。
このアルバムは、今という時代にこそ鳴るべきSoft Cellの音として、極めて異端かつ誠実な音楽として成立している。
その意味で、本作は“美なき残酷さ”を描いたのではなく、“残酷なまでに美しい真実”を突きつけてくる作品である。
おすすめアルバム(5枚)
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Adult. / Anxiety Always
00年代初頭のエレクトロクラッシュを代表する冷酷なサウンド。 -
Marc Almond / Stranger Things
本作と同時期のマークのソロ作。耽美とエレクトロの交差点。 -
Pet Shop Boys / Release
静かで内省的なエレクトロ・ポップの成熟形。 -
Nine Inch Nails / With Teeth
工業的で冷たい音像と個人的苦悩の融合。 -
Goldfrapp / Black Cherry
グラム、エレクトロ、セクシャリティが混ざり合う退廃の美学。
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