発売日: 1988年8月
ジャンル: パンク・ロック、オルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ、ポスト・ハードコア
概要
『Creator』は、The Lemonheadsが1988年にリリースした2作目のスタジオ・アルバムであり、
前作『Hate Your Friends』(1987)の衝動的ハードコア・スピリットを受け継ぎつつ、
バンドとしての初期進化とメロディ指向の兆しが見え始めた作品である。
当時のバンドは、**エヴァン・ダンドゥ(Vo/G)、ベン・ディーリー(B)、ジェシー・ペレッツ(Dr)**の3人による編成で、
ボーカルは曲によってダンドゥとディーリーが分担していたのが特徴。
そのため、作風も分裂的で、バンド内の緊張感がそのままアルバムの雑多さに反映されているとも言える。
録音は再びボストンのインディー・レーベル Taang! Records からのリリースで、
オリジナル盤にはカバー曲やインストも収録されており、試行錯誤しながらも“次のステージ”を模索する過程が強く刻まれている。
のちの“泣きのパワーポップ・バンド”としてのイメージとは大きく異なるが、
Lemonheadsというバンドの混沌と純粋がせめぎ合っていた貴重な瞬間を記録した1枚である。
全曲レビュー(オリジナルLP盤)
1. Burying Ground
鋭く乾いたリフで始まるオープニング。
神経質なビートと攻撃的なメロディが共存し、
当時のバンドの苛立ちと前進欲求が音に現れている。
2. Sunday
どこか気だるさを帯びた中速パンク。
“日曜日”という日常の中にある虚無感や空白を表現しており、
パンクの速度に叙情を混ぜ込む試みが見える。
3. Clang Bang Clang
タイトル通りのノイジーでメタリックなパンクチューン。
反復される“Clang”が内的混乱と世界への怒りを増幅させる。
4. Out
疾走感と脱力感が交錯する、2分以下のショート・ナンバー。
歌詞も断片的で、むしろ勢いそのものがメッセージになっている。
5. Your Home Is Where You’re Happy(チャールズ・マンソンのカバー)
問題作。カルト指導者チャールズ・マンソンが書いた楽曲をあえてカバーし、
ナイーヴで逆説的な歌詞を、ノスタルジックなアコースティック・アレンジで再構成。
反逆精神とアメリカン・フォークの歪んだ接点として読み解ける。
6. Falling
ギターのメロディラインが少しだけ叙情的で、のちのLemonheadsの輪郭が浮かぶ。
“落ちていく”というタイトルに、自己崩壊の予感が漂う。
7. Die Right Now
爆音かつ短命なアグレッシヴ・パンク。
衝動と破壊への欲求が直結し、言葉より叫びが優先されている。
8. Two Weeks in Another Town
ややスロウでブルージーな雰囲気を持つ珍しい曲。
旅と孤独、空白の時間をめぐる物語調のリリックが、アメリカーナ的感覚に近い。
9. Plaster Caster(KISSのカバー)
KISSのセクシャルな楽曲を、荒っぽいガレージ風アレンジで再構築。
アイロニーと本気が混ざり合う、不思議な“遊び”。
10. Come Back D.A.
エヴァンとベンの共作によるミッドテンポの不穏なナンバー。
“D.A.”とは何か、明かされぬまま語りかけるように終わる。
11. Take Her Down
ノイズとハードコアの中間的楽曲。
人間関係の力関係や支配をテーマにしたリリックが、初期Lemonheadsの毒性を感じさせる。
12. Postcard
サウンド的にはパンクだが、メロディと歌詞はややセンチメンタル。
“絵葉書”という題材に、遠く離れた何かへの願望や記憶が滲む。
13. Live Without
不協和音とギターの重ねによる、雑然とした終曲。
混乱、脱力、そして諦念——青春のエネルギーが終わっていく瞬間をとらえたような幕切れ。
総評
『Creator』は、The Lemonheadsというバンドが、
“ただ速くて青臭いだけのパンク・バンド”から、“メロディに惹かれる内省的ロックバンド”へと変化していく過程を記録した転換点である。
まだ洗練はされていない。統一感もない。
だがその代わりに、このアルバムには過渡期の不安定さから生まれる生々しい感情が詰まっている。
チャールズ・マンソンやKISSのカバーを混ぜるという選曲も、当時のバンドのアイロニカルな知性と未熟さを象徴しており、
この作品を通じて、The Lemonheadsは“崩れながらも何かを求めていた”のだということが伝わってくる。
そしてこの不安定さこそが、のちの『It’s a Shame About Ray』にたどり着くための、
**必要不可欠な“混沌の記録”**だったのである。
おすすめアルバム
- The Replacements『Let It Be』
パンクからメロディへの移行期を記録した、80年代USロックの名盤。 - Dinosaur Jr.『You’re Living All Over Me』
ノイズとメロディが拮抗する青春の音像。Lemonheadsとの精神的共鳴が強い。 - Sebadoh『Sebadoh III』
ローファイで感情むき出しの楽曲群。混乱期の記録としての価値が高い。 - Meat Puppets『Meat Puppets II』
ハードコアとサイケ、カントリーが入り混じる前衛的USパンク。 - Black Flag『My War』
初期Lemonheadsの衝動性と対比させることで、当時のハードコアの進化が見える。
歌詞と文化的背景
『Creator』のリリックには、ティーンエイジャーの焦燥、80年代アメリカの無力感、そして自己破壊的ユーモアが詰まっている。
チャールズ・マンソンのような危うい文化的参照、KISSのような大衆性への風刺、
そして“帰る場所がない”という根源的な疎外感。
これらは当時のアメリカ郊外文化が抱えていた反抗と空虚の表裏を映している。
だからこの作品は、単なるパンクの記録ではなく、ある時代の若者の無意識を音にした作品とも言えるだろう。
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