発売日: 2011年1月24日(UK)
ジャンル: ポストパンク、オルタナティブ・ロック、アートロック
「コンテンツ」の時代を撃て——身体性なき世界への反撃としての“内容”
『Content』は、Gang of Fourが2011年に発表した通算9作目のスタジオ・アルバムであり、
オリジナルメンバーのアンディ・ギル(Andy Gill)とジョン・キング(Jon King)が約15年ぶりに再合流した作品として注目された。
そのタイトル“Content(コンテンツ)”は、デジタル時代のキーワードであると同時に、
「中身」とは何か?「伝えること」は誰のためか?という根源的な問いを内包している。
SNSやニュースフィードが“コンテンツ”で満たされていく世界の中で、
Gang of Fourはあえてミニマルで、時に不快な音像を用いて、実体なき言葉や情報の氾濫に対抗する。
このアルバムは、ビートとギターの鋭さを維持しながらも、かつて以上に抑制されたトーンと反復の美学を持ち、
かつての「怒り」を、「冷静な諦観」や「分析的怒り」へと移行させているようにも思える。
全曲レビュー
1. She Said ‘You Made A Thing Of Me’
ミニマルなギターと乾いたビートで構成される、感情の非対称性を描く1曲。
“私をあなたの作品にした”という言葉が反復され、関係性の権力構造が浮かび上がる。
2. You Don’t Have To Be Mad
理性の仮面の下に潜む狂気を暴く、ダンサブルなビートが印象的なトラック。
怒りを笑いで包みながらも、メッセージは冷徹に突き刺さる。
3. Who Am I?
存在論的な問いを、リズミカルなギターと跳ねるベースで展開。
“私は誰だ?”というリフレインは、アイデンティティの空洞化を示唆する。
4. I Can’t Forget Your Lonely Face
過去と現在の狭間で漂うようなメランコリックなナンバー。
ギターの残響が、記憶と後悔の距離感を絶妙に描き出す。
5. You’ll Never Pay For The Farm
再録曲だが、よりタイトなアレンジで蘇った。
もはや手に入らない“農場”=ユートピアへの郷愁と失望を、乾いたユーモアで包み込む。
6. I Party All The Time
タイトルの享楽的な響きとは裏腹に、実は強烈なアイロニーが込められた楽曲。
快楽と空虚を結ぶ現代の夜を、無機質なグルーヴが突き放す。
7. A Fruitfly In The Beehive
“ミツバチの巣に紛れ込んだハエ”という比喩が、違和感と孤立を示す。
浮遊感のあるサウンドと、断片的な歌詞が不穏な空気を醸し出す。
8. It Was Never Gonna Turn Out Too Good
予感されていた破綻、そして失敗の必然性を淡々と綴るスローなトラック。
ギターの歪みとドラムのミニマリズムが、物語の終焉を予告する。
9. Do As I Say
命令形のリフレインが繰り返される、権力と服従をめぐる政治的寓話。
抑制された怒りがじわじわと浸透する、冷酷な構成が際立つ。
10. I Can See From Far Away
視点の距離をテーマにした、静かな終盤曲。
遠くから世界を眺めることで見えてくる“俯瞰的絶望”が、余白の多いサウンドに映し出されている。
総評
『Content』は、怒りと批評性をアイロニカルに再構成した“知的なパンクの再定義”である。
かつてのような激情と爆発ではなく、情報過多の時代にあえて抑制された語り口で、
現代の“空虚なコンテンツ”に対して“本質とは何か”を突きつける構造となっている。
ギターは刺さるように鋭く、リズムは無機質に反復し、ヴォーカルは不快なまでに冷静。
それはまるで、“もう叫ぶこともできない世界”において、最後に残された分析装置としての音楽なのかもしれない。
『Entertainment!』とはまったく違う熱量で、それでもなおGang of Fourが社会に対し沈黙しないことを選び続けている証。
それが『Content』という、極めて現代的なアルバムの核なのである。
おすすめアルバム
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Wire – Object 47 (2008)
ポストパンクの再構築。抑制と鋭さの共存が『Content』と響き合う。 -
Radiohead – The King of Limbs (2011)
ミニマルな音と反復、疎外感の表現において本作と通じるモダンな実験作。 -
Public Image Ltd – This is PiL (2012)
かつての反逆児による大人の冷静なパンク。 -
The Fall – Ersatz GB (2011)
言葉とノイズの交錯、曖昧な怒りの提示。Mark E. Smithの“情報と感情の不一致”が際立つ。 -
David Byrne & Brian Eno – Everything That Happens Will Happen Today (2008)
デジタル時代の自己認識と社会との接続を、知的かつ抒情的に描いたアートポップ。
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