発売日: 1978年10月21日
ジャンル: フォーク・ロック、カントリー・ロック、アコースティック・ポップ
静かな時の訪れ——Neil Youngが“穏やかな心”にたどり着いた瞬間
『Comes a Time』は、Neil Youngが1978年にリリースした9作目のスタジオ・アルバムであり、内省と優しさ、愛と季節感に満ちたアコースティック作品として、多くのファンにとって“心の中の隠れた名盤”とされている。
前作『American Stars ‘n Bars』までのカオティックなロック志向から一転し、本作ではフォークとカントリーの原点回帰的サウンドを基調に、温もりと成熟を感じさせる穏やかな作品世界が広がっている。
長年のコラボレーターであるBen Keithのペダル・スティールをはじめ、Crazy HorseやNicolette Larsonなどのサポートを受けながら、ヤングは“歌”という原点に立ち返ったかのようなシンプルで誠実な音楽を展開している。
全曲レビュー
1. Goin’ Back
アルバムの扉を開く、郷愁に満ちたナンバー。「戻る」という言葉の響きは、過去への旅であると同時に、未来への祈りでもある。 Nicolette Larsonのハーモニーが美しい。
2. Comes a Time
表題曲にして、人生における“受け入れ”の瞬間を描いた哲学的フォーク・ソング。 誰にでも“そういう時が来る”という静かな肯定が心に沁みる。
3. Look Out for My Love
Crazy Horseが参加する、ややロック寄りのバラード。恋愛の不安と防衛本能を赤裸々に描いた、切実で美しい一曲。
4. Lotta Love
Nicolette Larsonによるカバーでヒットした名曲のオリジナル・バージョン。優しく軽快なメロディと、“多くの愛が必要だ”という普遍的なメッセージが重なる、心温まるラヴ・ソング。
5. Peace of Mind
穏やかなギターに寄り添うようなボーカル。タイトル通り、“心の平穏”を模索するような静かな内省が全編を包む。
6. Human Highway
長年未発表だった楽曲がようやく形になった一曲。「人間のハイウェイ」という寓話的な表現の中に、社会性と個人的な葛藤が静かに交錯する。
7. Already One
別れと親密さ、離れていてもつながっている感情を歌った珠玉のバラード。「すでにひとつだったんだ」というリリックは、愛と時間を超えた共鳴を感じさせる。
8. Field of Opportunity
人生の選択肢を畑に見立てた軽快なカントリー・チューン。ユーモラスでありながら、常に“今”を耕していく姿勢がヤングらしい。
9. Motorcycle Mama
Nicolette Larsonとのデュエットで送るロックンロール・ナンバー。アルバム中では異色の一曲だが、アルバム全体の“息抜き”としての効果が大きい。
10. Four Strong Winds
Ian & Sylviaのカナダ民謡の名曲カバーで締めくくられる。カナダへの望郷、時間の流れと愛の変化をしっとりと歌い上げる、まさに余韻の一曲。
総評
『Comes a Time』は、ニール・ヤングが喪失と怒りの時代を経て、ようやく“静かな場所”にたどり着いたことを示すアルバムである。
ここには荒れ狂うギターも、叫ぶような政治性もない。あるのは、愛する人に話しかけるようなトーンと、過去を振り返るときの穏やかな眼差し、そして“今を生きること”への小さな決意である。
この作品は、ニール・ヤングのカントリー志向の中でもっとも完成度が高く、歌詞、演奏、構成、すべてが自然体でありながら深く届く。“叫ばない強さ”がここにはある。
日々に疲れたとき、季節が変わるとき、人生の節目に立ったとき、そっと寄り添ってくれるような音楽が欲しいなら、このアルバムはそのために存在している。
おすすめアルバム
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Harvest Moon / Neil Young
『Comes a Time』の延長線上にある成熟したフォーク・アルバム。より落ち着いた音像で癒やしを届けてくれる。 -
Nicolette / Nicolette Larson
“Lotta Love”のカバーを含む、ヤングと共鳴する温かみのあるポップ・カントリー作品。 -
Old Ways / Neil Young
より深くカントリーに傾倒した一枚。アメリカーナとしてのヤングの美学が味わえる。 -
North Country / Ian & Sylvia
“Four Strong Winds”の原曲を含むカナダのフォーク・デュオによるクラシック。 -
Car Wheels on a Gravel Road / Lucinda Williams
心情の機微とアメリカ南部の空気感を同時に描く、現代のカントリー・ロックの名盤。
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