発売日: 1969年9月
ジャンル: サイケデリック・ロック、ジャズ・ロック、インストゥルメンタル・ロック
概要
『Clear』は、Spiritが1969年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの音楽的探究心とアンサンブルの完成度がさらに高まった作品である。
アルバムタイトルの「Clear(=澄みきった、明瞭な)」は、彼らのサウンドがより洗練され、構造的に明快になったことを象徴しているとも言える。
本作は、前作『The Family That Plays Together』から引き続き多様なジャンルを融合しつつも、特にインストゥルメンタルの比重が高く、映画音楽的なムードやサウンドトラック風の構成が目立つ。
この時期、Spiritは映画『Model Shop』(ジャック・ドゥミ監督)への音楽提供を経験しており、その影響が本作にも色濃く反映されている。
ジャズ、クラシック、サイケデリック、ロック、フォークが渾然一体となったサウンドは、過渡期でありながら彼らの芸術性の高さを裏付けるものとなっている。
全曲レビュー
1. Dark Eyed Woman
グルーヴィーなリズムとハードなギターリフが印象的なオープニング・ナンバー。
女性像への幻想や執着を、ブルージーかつジャジーなアレンジで描く。
ジェイ・ファーガソンのボーカルはエネルギッシュで、Spiritの“ロック性”を前面に出した一曲。
2. Apple Orchard
幻想的でメランコリックなフォーク・ロック。
“リンゴ園”という牧歌的イメージの中に、失われた記憶やノスタルジーが漂う。
繊細なアコースティック・ギターとエド・キャシディの柔らかいドラムが絶妙に絡む。
3. So Little Time to Fly
軽快なテンポとコーラスが心地よい、60年代後期のポップ・サイケデリアを体現する一曲。
“飛び立つには時間が足りない”という焦燥感と若さの切実さが交錯する。
4. Ground Hog
ブルースを基調としたインストゥルメンタル・トラック。
ランディ・カリフォルニアのギターが自由奔放に暴れ回り、ライブ感に満ちた演奏がスリリング。
5. Cold Wind
抒情的なメロディが印象的なバラード。
冷たい風をモチーフに、心の孤独や変化の兆しを描くような詩的世界。
フルートとストリングスの融合が非常に美しい。
6. Policeman’s Ball
社会風刺的なナンバーで、官僚主義や権力を軽妙に批判。
ブラスを用いたアレンジがマーチ風で、パロディ感と音楽的完成度が高次に融合している。
7. Ice
アルバム中もっとも印象的なインストゥルメンタルで、クールで構築的なジャズ・ロック。
約7分に及ぶスケール感のある展開で、スリリングな即興セクションも含まれている。
Spiritの演奏力が遺憾なく発揮された名演。
8. Give a Life, Take a Life
静謐で宗教的・哲学的な香りのする楽曲。
“命を与えることと奪うこと”という普遍的な命題を短い詞で表現し、オーケストラ風のアレンジで包み込む。
9. I’m Truckin’
ファンキーなノリとカントリーブルースが融合した軽快なナンバー。
“俺は進み続ける”というテーマが、自由で楽天的なスピリットを体現している。
ラフでラジカルなサイドを見せる楽曲。
10. Clear
タイトル曲にふさわしい、静かで透明感にあふれるインストゥルメンタル。
ピアノとエレクトリック・ギターが対話するように展開し、内省的な余韻が美しい。
シネマティックな視覚性を感じさせる一曲。
11. Caught
サスペンス映画の一場面のような、緊迫感のある短いインストゥルメンタル。
“捕らわれた”というタイトルが示すように、感情や状況の縛りを音で表現している。
12. New Dope in Town
ラストを飾る、ジャズ・ファンク的なアプローチのインストゥルメンタル。
70年代を先取りしたような音使いが印象的で、Spiritの未来への可能性を予感させるクロージングとなっている。
総評
『Clear』は、Spiritの中でも最も“構成されたアルバム”であり、スタジオ作品としての完成度が極めて高い一枚である。
インストゥルメンタル曲の比重が大きく、歌ものよりも“サウンドによる物語性”が重視されている点で、後のプログレッシブ・ロックやポスト・ロックの精神を先取りしている。
同時に、バンドとしての成熟度も際立っており、それぞれの楽器が“自分の物語”を持ちながら、全体として一つの映画的世界観を築いている。
まさに“澄みきった音の風景”というタイトルにふさわしく、聴くたびに新しい発見があるアルバムだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Traffic – John Barleycorn Must Die (1970)
ジャズとロックの融合、内省的なインストゥルメンタルの質感が共通。 -
Soft Machine – Volume Two (1969)
ジャズ的即興と構成美が混在する、英国版Spirit的サウンド。 -
The United States of America – The United States of America (1968)
電子音と前衛性の融合。Spiritの知的アプローチと親和性が高い。 -
Frank Zappa – Hot Rats (1969)
インスト主体のロックとジャズの融合。構成力と自由度の共存が似ている。 -
Pink Floyd – More (1969)
映画音楽的アプローチとサイケデリアの調和。『Clear』のシネマティック性と通底する。
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