発売日: 1993年7月20日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、シューゲイザー、グランジ
蒸気と金属の熱をまとった進化——“夢見る轟音”から“鋼のロック”へ
1993年、Catherine Wheelが放ったセカンド・アルバム『Chrome』は、デビュー作『Ferment』で確立した轟音の美学をより鋭利に、そして攻撃的に鍛え上げた作品である。
前作のドリーミーなシューゲイザー的側面に代わり、本作ではヘヴィでダイナミックなギターサウンドが中心に据えられ、よりグランジ/オルタナティヴ・ロックの潮流に接近した。
タイトルの“Chrome(クローム)”=クロムメッキは、冷たく、光を反射し、硬質である。
その象徴性の通り、本作のサウンドは艶やかさと暴力性が同居するメタリックな音像で構成されており、リスナーを内側から熱く揺さぶる。
プロデュースはGil Norton(Pixies, Foo Fightersなど)によるもので、彼のタイトかつ巨大なサウンド設計が、Catherine Wheelの潜在的なハードロック的魅力を引き出している。
全曲レビュー
1. Kill Rhythm
鋭く切り込むギターリフと、抑制された緊張感のあるボーカルが印象的なオープナー。
「リズムを殺す」という攻撃的なタイトル通り、リスナーの心拍すら支配しようとする強靭なトラック。
2. I Confess
スピード感とエモーションが融合したオルタナティヴ・アンセム。
“告白”という行為の持つ苦しさと解放が、サビの炸裂で一気に放たれる。
3. Crank
バンド史上もっとも広く知られる代表曲。
シングルヒットとしても成功し、歪んだギターとフックのあるメロディが完璧に融合。
轟音とキャッチーさの理想的なバランスを体現した名曲である。
4. Broken Head
内省的なリリックと、重たいギターの重層性が織りなすミッドテンポのダークチューン。
精神的崩壊の感覚を音で描いたかのような緊迫感がある。
5. Pain
シンプルなタイトルだが、その“痛み”は感情だけでなく音そのものに浸透している。
ギターは切り裂くように鋭く、ドラムは打ち付けるように響く。
6. Strange Fruit
同名のプロテストソングとは無関係ながら、異様な緊張感を放つ実験的なトラック。
不穏なコード進行と異化されたメロディが耳に残る。
7. Chrome
タイトル曲は、精緻に組み立てられたギターの層が特徴。
光沢と硬質さを兼ね備えたサウンドスケープが、まさに“Chrome”の世界観を体現している。
8. The Nude
感情の起伏を大胆に描き出すドラマティックな構成。
“裸”というモチーフは、音楽的にも心理的にもむき出しの誠実さを象徴している。
9. Ursa Major Space Station
最も異色なトラックであり、宇宙的な広がりとポストロック的な感性が光る。
ノイズと静寂、幻想と現実が交錯する一種のサウンド・コラージュ。
10. Fripp
King Crimsonのロバート・フリップを思わせるようなギター・サウンドと構成。
サイケデリックでプログレッシヴな一面が顔をのぞかせる。
11. Half Life
終盤を飾るエモーショナルなナンバー。
“半減期”という科学的モチーフが、感情の消失や人間関係の希薄化を暗示しているかのよう。
総評
『Chrome』は、Catherine Wheelが“シューゲイザー”という殻を破り、より肉体的で攻撃的なロックバンドへと進化した瞬間を記録した作品である。
音の密度、エネルギー、そしてロブ・ディキンソンの張り詰めたボーカルは、彼らが単なるUKギターバンドに留まらない存在であることを証明している。
轟音に包まれながらも、どこか救いがあり、内面へと沈んでいくような質感。
それは、冷たく光る金属のように美しく、鋭く、そして壊れやすい——まさに“Chrome”という言葉が象徴する美学に他ならない。
おすすめアルバム
- Smashing Pumpkins / Siamese Dream
轟音とメロディの美しさを極限まで追求した90年代オルタナの金字塔。 - Failure / Fantastic Planet
スペース感と重厚なギターサウンドを融合させた、Catherine Wheelの宇宙性と共鳴する作品。 - Pixies / Doolittle
Gil Nortonが手がけたエッジーなサウンドと、オルタナの先駆性が『Chrome』に影響を与えた。 - Swervedriver / Mezcal Head
シューゲイザーとハードロックを架橋するようなバンドによる、疾走感と轟音の美。 - Radiohead / The Bends
ギター主導のUKオルタナティヴロックが感情の奥深くまで踏み込んだ傑作。
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