アルバムレビュー：Cheeses by Lily Allen

発売日: 未発表（非公式音源集）
ジャンル: ポップ、エレクトロ・ポップ、アコースティック、デモ／Bサイド

概要

『Cheeses』は、リリー・アレンの公式なスタジオ・アルバムではなく、**彼女が2000年代後半に書き溜めていた未発表曲やデモ音源、Bサイドトラックなどをまとめた“非公式コンピレーション的存在”**として知られている音源集である。

この作品の名前「Cheeses（チージズ）」は、本人がジョーク混じりに名付けたタイトルであり、当初はMySpaceやファンコミュニティなどインターネット上を通じて一部の音源が流出。
その後も“幻の3rdアルバムの断片”として、長年にわたりファンの間で語り継がれてきた。

サウンド面では、『It’s Not Me, It’s You』と次作『Sheezus』の中間にあたるエレクトロ／アコースティックの過渡期的な質感があり、
リリーの変化し続ける心情や音楽的模索が感じられる内容となっている。

1. Who Do You Love?
恋人への依存と不信を描いたダーク・ポップ。
重めのビートに乗せて、「あなたが愛してるのは私じゃなくて、あなた自身でしょ？」という辛辣なラインが響く。

2. Guess Who Batman（Fuck You 初期バージョン）
のちに『It’s Not Me, It’s You』で完成される楽曲の原型。
当初はジョージ・W・ブッシュを名指しで批判した内容だったが、後に一般化されて発表された。
この“過激さ”がCheesesの中核にある。

3. I Don’t Mind Babe
優しげなアコースティック・ナンバー。
カジュアルな失恋をテーマに、「別にいいの、あんたのことそんなに好きじゃなかったし」と歌いながらも、どこか未練が滲む。

4. Why
ミドルテンポのエレクトロ・トラック。
「なぜ私たちはすれ違ったのか」という問いを、冷静かつ心の奥から掘り下げていく。

5. I Could Say（Demo）
『It’s Not Me, It’s You』収録曲の初期バージョン。
歌詞やアレンジの違いから、制作過程の“生々しさ”を感じられる。

6. Steve
コミカルなキャラクターソングで、「スティーヴ」というダメ男について面白おかしく描写。
リリーらしい日常観察と皮肉のセンスが際立つ。

7. True Love Forever
ローファイなエレクトロ・ポップ。
“永遠の愛”をテーマにしながらも、どこか投げやりなニュアンスが漂うのが逆にリアル。

8. Cheryl Tweedy
ガールズ・アラウドのシンガーを題材にした風刺的トラック。
UKセレブ文化やメディアの過熱報道を皮肉るような内容で、ファンの間でも話題となった。

9. Naive（The Kooks カバー）
ロックバンドThe Kooksの人気曲をアコースティック・スタイルでカバー。
原曲よりもしっとりとした解釈で、女性目線のナイーヴさを浮き彫りにしている。

10. Friend of Mine（Alternate Mix）
『Alright, Still』収録曲の別ミックス。
ビートやボーカル処理に変化があり、当時の制作意図がうかがえる。

『Cheeses』は、リリー・アレンというアーティストが持つ**“本音と即興、怒りとユーモア”をそのまま詰め込んだスケッチブックのような音源集**である。

公式リリースではないがゆえに、アレンジやミキシングは未完成なものも多い。
しかしそこには、完成形では見えなかった“創作の途中にあるリリーの素顔”が滲んでおり、彼女の作品世界をより深く理解する手がかりとなる。

また、“過激すぎて出せなかった”とされる政治的なトラックや、プライベートな関係性を赤裸々に歌った曲の存在も、
**彼女が「何を語りたいと思っていたか、しかし語れなかったか」**を示す重要な証言となっている。

『Cheeses』は、いわば裏リリー・アレン・クロニクルであり、
彼女の音楽と言葉を愛する者にとっては、決して見逃せない“非公式の宝庫”なのだ。

『Cheeses』の歌詞には、2000年代後半の英国社会、セレブ文化、恋愛観、階級感覚へのカウンター的視点が凝縮されている。

「Guess Who Batman」や「Cheryl Tweedy」では、政治的・メディア的権力に対する**“女子の視点からの風刺”が前面に出ており、
「Who Do You Love?」「Why」などのパーソナルな曲では、他人に支配されがちな恋愛感情への“さりげない抵抗”**が感じられる。

未発表であるがゆえに、レコード会社や世間の検閲を免れたこの音源集は、
まさに**“制約のない言葉とメロディが交錯するリリー・アレンの実験場”**なのである。