Chasing Pirates by Norah Jones(2009)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Chasing Pirates」は、ノラ・ジョーンズが2009年に発表したアルバム『The Fall』のリード・シングルであり、これまでの彼女の穏やかでジャジーな世界観から一歩踏み出した、軽快でドリーミーなポップソングである。

タイトルの「Chasing Pirates(海賊を追いかけて)」という言葉は、現実の出来事というよりも、内面的な混乱や感情の暴走、夢想のメタファーとして機能している。
彼女は、自分でも説明のつかない衝動に揺さぶられながら、感情の波に身を任せてしまう。
それは、理性的に物事を考えようとする「頭」と、どこかへ駆け出したくなる「心」とのせめぎ合いとも言える。

歌詞全体を通して漂うのは、「どうして私はこんなことをしているのだろう?」という自己への驚きと戸惑いであり、同時にそれを止められない高揚感も含んでいる。
これは、「恋に落ちること」や「自分を見失う瞬間」に感じる“気持ちの揺れ”を、巧みにポップな言葉とメロディに乗せて描いた曲なのである。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Chasing Pirates」は、ノラ・ジョーンズのアーティストとしての転機を象徴する作品である。

彼女の4作目となるアルバム『The Fall』では、これまでのジャズやカントリーに根ざしたサウンドから離れ、よりロック的、オルタナティブ的なアプローチが導入された。
本作では、ライアン・アダムスやウィルコのメンバーとも共演し、プロデューサーにはジャコモ・ジャストス(Giacomo Justus)を起用。
その中で生まれた「Chasing Pirates」は、遊び心のあるリズム、キャッチーなメロディ、軽快なテンポ感といった要素が目立ち、従来のノラ像とは異なる“自由奔放な一面”を見せている。

楽曲のミュージックビデオでも、ノラは空想的な“海賊船の旅”を描きながら、どこかアンニュイでシュールな表情を浮かべており、現実と夢のあいだをさまようような映像世界が印象的である。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は「Chasing Pirates」の印象的な一節。引用元は Genius Lyrics。

In your message you said
あなたのメッセージにはこう書いてあった

You were goin’ to bed
寝るところだって

But I’m not done with the night
でも私は、まだ夜を終わらせたくなかった

So I stayed up and read
だから起きて、本を読んでいたの

But your words in my head
でも頭の中には、あなたの言葉ばかりが渦巻いていた

Got me mixed up so I turned out the light
わからなくなって、とうとう灯りを消した

この冒頭の数行で、彼女の頭の中にある小さな期待と混乱、そして一人の時間の濃密さが立ち上がってくる。
夜、ひとりベッドで考えすぎてしまう——そんな普遍的な感情を、軽やかでありながらもリアルに描いている。

And I don’t know why
どうしてなのか、自分でもわからないの

I do what I do
私はどうして、こんなふうにしてしまうのか

I chase after pirates
私は海賊を追いかけてる

このサビ部分でようやくタイトルが登場するが、ここにおける“海賊”とは、とらえどころのない何か、あるいは恋や衝動、もしくは“本当の自分”そのものを象徴しているようでもある。

4. 歌詞の考察

「Chasing Pirates」は、現実感と夢想が交錯する“不確かな夜”を描いた現代的な心情のポートレートである。

この曲の最大の魅力は、感情のはっきりとした名前を与えず、曖昧なまま進んでいくところにある。
恋なのか、不安なのか、ただの気まぐれなのか——そのどれとも言えない感覚を、「海賊を追いかける」という大胆で詩的な比喩で包み込んでいる。

主人公は、自分がなぜこんな行動をとっているのかわからないまま、それでも止められない。
これは、理性では止められない感情の衝動に翻弄される瞬間を、そのまま肯定的に描いた作品であるともいえる。

ノラの歌唱も、従来のしっとりとしたボーカルとはやや異なり、少し跳ねるような、口元で笑っているようなトーンを持っている。
それが、どこか無防備で、気まぐれで、そしてチャーミングなキャラクターを浮かび上がらせており、リスナーは思わず「この気持ち、わかる」と頷いてしまうのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Young and Beautiful by Lana Del Rey
    若さや美に対する不安とロマンチシズムを描く、甘くも危ういラブソング。

  • 1234 by Feist
    感情を軽やかに弾ませながら、恋の微妙なバランスを歌ったインディーポップの名曲。
  • Dreams by Fleetwood Mac
    離れゆく恋をどこか夢のように語る、ノスタルジックで浮遊感のある名曲。

  • Breathe In, Breathe Out by Mat Kearney
    思考と感情の渦の中で立ち止まるような瞬間を、軽やかなビートで描いた曲。

  • Night and Day by Everything But the Girl
    日常の中にある感情の違和感を静かに語る。アーバンで洗練された空気感が共通する。

6. “夜の衝動”を受け入れる、軽やかな自己肯定の歌

「Chasing Pirates」は、気まぐれ、妄想、衝動、孤独——それらすべてを軽やかに受け入れる歌である。

夜にふと湧き上がる「どうしてこんなことしてるんだろう」という感情。
それに対してノラ・ジョーンズは、「わからないけど、それでもいい」と柔らかく答えている。

“海賊を追いかけている”という言葉は、突飛でありながら、どこかで私たちの現実を言い当てている
つまり、私たちもまた、正体のわからない何かを追いかけては、戸惑い、笑い、時に愛しているのだ。

「Chasing Pirates」は、その曖昧さを美しく肯定してくれる、夜の静けさと衝動を抱きしめるための一曲である。

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