Change by Tears for Fears(1983)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Change」は、Tears for Fearsが1983年に発表したデビュー・アルバム『The Hurting』からの2枚目のシングルであり、切迫感のあるリズムと哀愁を帯びたメロディのなかに、人間関係のすれ違いと変化への恐れが凝縮されたエモーショナルなシンセポップの名曲である。

タイトルの「Change(変化)」は、楽曲の中核にあるキーワードであり、避けがたく訪れる“関係性の変容”や“自分自身の変化”への葛藤と拒絶感情を象徴している。
歌詞は一見、恋愛や友情など親密な関係の終焉や不和を描いているように聞こえるが、より深い次元では、自己のアイデンティティの不安定さや、過去のトラウマから生まれる対人恐怖を含意しているとも読める。

印象的なサビの「You can’t change me now(今さら僕を変えることなんてできない)」というフレーズには、変わりゆく世界への諦念と、変化を拒むことで守ろうとする“壊れかけた自己”が垣間見える。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Change」は、Tears for Fearsの初期の音楽的方向性──すなわち、内省的で心理学的なテーマをポップミュージックに落とし込むという哲学を鮮やかに体現した楽曲である。

この曲が収録されている『The Hurting』は、ユング心理学やアーサー・ヤノフの「プリマル・スクリーム(原初の叫び)」理論に影響を受けて制作されており、抑圧された感情や幼少期の傷、アイデンティティの揺らぎがアルバム全体を貫くモチーフとなっている。

「Change」では、リードボーカルのカート・スミスがその静かな声で、感情の混乱と無力感を丁寧に紡ぎ出している。そのクールな佇まいとは裏腹に、楽曲の内側では鋭くて繊細な感情が渦巻いており、それがサウンドと完璧に一致している点が、Tears for Fearsの真骨頂といえる。

音楽的には、リズミカルなドラムマシン、印象的なギター・リフ、そして幽玄なシンセサイザーが交錯するサウンドスケープが構築されており、1980年代初頭のニューウェイブとシンセポップの美学を体現しながらも、それを感情表現の手段として昇華させた構造を持っている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に象徴的な一節を紹介する(引用元:Genius Lyrics):

You walked into the room / I just had to laugh
君が部屋に入ってきたとき 僕はただ笑うしかなかった

The face you wore was cool / You were a photograph
君の顔は冷ややかだった まるで写真のように無表情で

When it’s all too late / It’s all too late
すべてが手遅れになった時 それは本当に手遅れなんだ

Change / You can change
変化 君は変われるかもしれない

And I can change / I can change
僕だって変われる きっと変われる

But you can’t change me now
でも、もう僕を変えることなんてできないんだ

ここで描かれるのは、変わろうとする意思と、変えられたくないという拒絶が同時に存在する、自己矛盾的な心理状態である。
「写真のように無表情な君」という比喩は、すでに感情を失ってしまった関係性の冷たさを象徴している。そして、「笑うしかなかった」という言葉には、怒りや悲しみではなく、無力な自己防衛としての笑いが滲んでいる。

4. 歌詞の考察

「Change」は、Tears for Fearsの作品のなかでも特に人間関係における“変化の痛み”を直接的かつ感情的に描いた曲である。

「変化しなければならない」「でも変われない」「変わることで何かが失われてしまう」──そうした普遍的な葛藤が、冷ややかでありながらも極めて切実なトーンで描かれている。
そしてその背景には、**人は変化によって自分を見失うかもしれないという“存在の不安”**が潜んでいる。

とくに、「But you can’t change me now(でももう僕は変わらない)」という一文には、自分自身がどこか壊れてしまったことを悟ったうえで、それでも変わらないことを選ぼうとする悲しみと頑なさがある。それは希望の拒絶であると同時に、今の自分を守るための最後の防波堤でもある。

また、タイトルの「Change」は、他者との関係だけでなく、社会や時代、個人の心理における“変容”そのものを象徴しており、Tears for Fearsがこの楽曲で描こうとしたのは、単なるラブソングではなく、人間存在そのものの不安定さと複雑さであった。

(歌詞引用元:Genius Lyrics)

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Mad World by Tears for Fears
     同じく『The Hurting』から。感情の麻痺と世界への違和感を描いた叙情的な代表曲。

  • Leave Me Alone by New Order
     関係の断絶と内面の孤独をクールな音像で描いたニューウェイブの名曲。

  • Such a Shame by Talk Talk
     心理的な不安定さを緻密な構成で表現した、知的かつ感情的なサウンドスケープ。

  • Souvenir by Orchestral Manoeuvres in the Dark (OMD)
     過去の記憶と心のズレを柔らかなメロディに託した、哀愁漂うエレポップ。

  • Under the Milky Way by The Church
     変わりゆく人間関係と自己の境界を描いた、夢幻的なオルタナティブ・バラード。

6. “変わること”の怖さと静かな痛み:Tears for Fearsが描いた心の狭間

「Change」は、単なる恋の終わりの歌ではない。
それは、変化という避けがたい力に対して、人がいかに無力でありながら、同時にそれを拒むことで自分を守ろうとするのかを描いた、深い心理の記録である。

Tears for Fearsはこの曲を通して、「変わること」「変えられること」「変えられないこと」のあいだにある微妙な感情を、音楽という形で封じ込めた。

変化を恐れながら、でも変化を望む。
それは誰もが持つ感情であり、だからこそ「Change」は、時代を超えて共感され続ける楽曲となっている。

それは、自分を見つめ直すときにふと聴きたくなる、優しくも痛い、静かな問いかけのような曲なのだ。

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