
発売日: 1980年8月
ジャンル: アートロック、シンセ・ロック、ニューウェイブ
概要
『Chance』は、Manfred Mann’s Earth Bandが1980年に発表した10作目のスタジオ・アルバムであり、彼らが80年代という新時代に突入する“転機=Chance”を象徴する作品である。
本作では前作『Angel Station』で確立された都市的で洗練されたサウンドを継承しながら、ニューウェイブ以降の感性やテクノロジーへの対応をさらに進め、Manfred Mann流の“知的エレポップ”とでも言うべき音像が提示されている。
テーマとしては、テクノロジーの進展と人間の孤独、情報社会における希望と不安といった1980年らしい問題意識が強く反映されており、歌詞とアレンジの双方から“時代のひりつき”が感じ取れる。
また、キャッチーな楽曲が増えた一方で、アートロック的な詩的表現も維持されており、バンドのバランス感覚と進化の意思が際立ったアルバムとなっている。
全曲レビュー
1. Lies (Through the 80s)
アルバム冒頭を飾る、現代的な危機意識に満ちたニューウェイブ・ポップ。
“80年代を通じて広がる嘘”というタイトル通り、虚構と情報過多の時代を風刺するリリックと、キレのあるシンセサウンドが印象的。
シンプルながら切迫感を伴うトラック。
2. On the Run
都会的で疾走感のある一曲。
孤独な逃避行をテーマにしたリリックに、スピード感のあるアレンジが重なり、スリリングなムードを演出する。
ギターとシンセのユニゾンが光る。
3. For You
ブルース・スプリングスティーンの楽曲をカバー。
原曲の感傷を受け継ぎつつ、より洗練されたサウンドに再構成されており、ボーカルの情感も深い。
Earth Bandにとって“誰かの言葉を再解釈する”という伝統がここでも活きている。
4. Adolescent Dream
若さと喪失をテーマにした幻想的バラード。
タイトルが示すように、青春期の儚さや無垢さを回想するような内容で、抑制されたアレンジが逆にエモーションを引き立てる。
5. Fritz the Blank
異色のインストゥルメンタルで、実験的な電子音と遊び心に満ちた構成が特徴。
匿名性と機械性をテーマにしており、“匿名のフリッツ”という存在が、テクノロジー社会の無名性を象徴しているようにも感じられる。
6. Stranded
アルバム中もっとも内省的な楽曲のひとつ。
“取り残された”というタイトルの通り、社会から切り離された個人の感覚が描かれる。
シンセ主体のアレンジが静寂と孤独を強調。
7. Hello, I Am Your Heart
本作でもっともキャッチーかつヒューマンな楽曲。
“私はあなたの心”というユニークな一人称の視点で展開され、無機質なサウンドの中に温もりを感じさせる構造が面白い。
シンセ・ロックの隙間に宿る情緒が魅力。
8. No Guarantee
不確実性をテーマにした終末的なナンバー。
“明日は保証されない”というメッセージが、経済不安や核の恐怖が語られた80年代初頭という時代背景と強く響き合う。
サビのメロディに滲む哀しさが秀逸。
総評
『Chance』は、Manfred Mann’s Earth Bandが“70年代的プログレッシブ・ロック”から脱皮し、“80年代型アートロック”へと自己更新したアルバムである。
シンセを軸としたミニマルで洗練された音像と、テクノロジーや情報社会への鋭い視点が共存し、そのサウンドはむしろ現在的な聴き方にも耐え得る。
一方で、本作は“冷たさ”だけではない。
“心”が自ら語る楽曲や、若き夢への回顧、そして不確実な世界におけるささやかな人間の願いなど、どこかあたたかく切ないパーソナルな物語がアルバム全体を貫いている。
それはまさに、デジタルと人間味の交差点に立つ作品であり、タイトルの通り“Chance=可能性と危機のはざま”を鳴らしているのだ。
おすすめアルバム(5枚)
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Peter Gabriel – Peter Gabriel IV (Security) (1982)
テクノロジーと霊性を融合させたアートロックの名作。『Chance』と同じく現代性と人間性を併せ持つ。 -
The Alan Parsons Project – Eye in the Sky (1982)
情報社会と監視をテーマにした知的コンセプト作。構成や雰囲気も近い。 -
Japan – Tin Drum (1981)
無機質と叙情の狭間に立つニューウェイブ。『Chance』の音像と共振する。 -
Talking Heads – Fear of Music (1979)
都市の不安と知性を音にした代表作。機械的なファンクと歌詞の鋭さが類似。 -
Thomas Dolby – The Golden Age of Wireless (1982)
テクノポップと文学的世界観が融合。『Chance』の延長線上にある感覚的傑作。
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