1. 歌詞の概要
Wet Legのデビューシングル「Chaise Longue」は、2021年のインディーロックシーンに強烈なインパクトを与えた楽曲である。この曲は、官能的でありながらユーモラスな言葉遊びに満ちており、ベッドや「シェーズ・ロング(長椅子)」といった家具をモチーフにしながら、若者特有の気だるさと退屈、そして挑発的なエネルギーを軽妙に描き出している。
歌詞は一見すると単純な繰り返しが多く、”Is your mother worried? Would you like us to assign someone to worry your mother?”といったフレーズが印象的に繰り返される。しかしこの反復は、ただのノリやジョークではなく、退屈と欲望の狭間でうごめく若者たちの感情の揺らぎを絶妙に捉えているようにも思える。
2. 歌詞のバックグラウンド
Wet Legは、イギリス・ワイト島出身のRhian TeasdaleとHester Chambersによって結成されたデュオである。「Chaise Longue」は彼女たちにとって初めての公式リリースであり、インディーロック界に瞬く間にその名を轟かせるきっかけとなった。
制作当時、二人はロックダウンによる鬱屈したムードの中で、どこか遊び心を忘れない音楽を作りたいと考えていたという。この曲の着想源となったのは、パルプやビースティ・ボーイズといった90年代のバンドたちが持っていた、シニカルで皮肉なユーモアに満ちた表現だった。「Chaise Longue」は、そんな精神を現代的にアップデートした結果生まれた楽曲なのである。
また、タイトルにもなっている「シェーズ・ロング」は、実際にRhianの祖母の家にあった家具に由来しているとも言われる。その家具に腰掛けながらぼんやりと考えた奇妙な妄想が、この曲の原型となったのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics
“Mommy, Daddy, look at me”
ママ、パパ、私を見て“I went to school and I got the big D”
学校に行って、D判定をもらったよ“Is your mother worried?”
あなたのお母さんは心配してる?“Would you like us to assign someone to worry your mother?”
誰かを派遣してあなたの母親を心配させましょうか?“On the chaise longue, on the chaise longue”
シェーズ・ロングの上で、シェーズ・ロングの上で“All day long, on the chaise longue”
一日中、シェーズ・ロングの上で
この歌詞群は、日常の中に潜む無意味さや、若者たちの屈託のなさを茶化しつつ、どこか切実な孤独感すら漂わせている。
4. 歌詞の考察
「Chaise Longue」の歌詞は、そのポップで繰り返しの多い表現の裏に、複数の層を秘めているように思える。表面上はただのふざけたジョークソングのように見えるかもしれないが、そこには若者文化の空虚さ、学業や将来に対する軽い諦念、そして性的な好奇心が屈託なく描かれているのだ。
特に「I went to school and I got the big D」というラインは、学業成績の悪さ(D評価)をあっけらかんと笑い飛ばしながらも、その裏にある無力感や期待外れな現実を暗示しているようにも取れる。そして、それをシェーズ・ロングの上で一日中過ごすというイメージに重ねることで、「何も起こらない退屈な日々」を軽妙に描き出しているのだ。
また、「Is your mother worried?」という繰り返しも絶妙で、親世代との断絶や、若者自身が感じている不安を、どこか芝居がかった形式で表現している。それは本気で心配しているわけではなく、むしろ皮肉と気怠さを込めた「問いかけごっこ」のようにも見える。
この曲のすごさは、こうしたテーマを決して重苦しく語らず、むしろニヤリと笑いながら提示している点にあるのだろう。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Parklife” by Blur
ブリットポップ時代の洒脱な皮肉と日常描写が、「Chaise Longue」と共鳴する一曲。 - “Cannonball” by The Breeders
女性ボーカルによる、気だるくもエネルギッシュなインディーロックの代表格。 - “Seether” by Veruca Salt
90年代のグランジとポップが絶妙にブレンドされた、挑発的なナンバー。 - “Coffee” by Beabadoobee
気だるい空気感と、若者特有の感情の揺れを優しく描いた現代のインディーソング。 -
“Chaise Lounge” by Frankie Cosmos
Wet Legとはまた違った角度から、若者のもどかしさを繊細に表現した作品。
6. デビュー曲にして起こしたインディーロックの小革命
「Chaise Longue」は、Wet Legの存在を一躍世界に知らしめただけでなく、インディーロックシーンそのものに新しい空気を吹き込んだ一曲でもある。2020年代において、多くの若手バンドが過去の栄光をなぞるようなスタイルに固執するなか、Wet Legはユーモアと軽やかさ、そしてどこか計算された脱力感で独自のポジションを築き上げた。
リリース直後から各国のメディアやフェスティバルから熱烈な注目を集め、BBC Radio 1やNME、The Guardianなどで絶賛されたことも記憶に新しい。特にパンデミック下で鬱屈した空気が漂っていた時代背景を考えると、「Chaise Longue」が持つバカバカしさと軽妙なエネルギーは、多くのリスナーにとって救いとなったのかもしれない。
Wet Legのその後の活躍を見ると、この曲は単なる一発屋的ヒットではなく、確かな感性とセンスによる必然的なブレイクだったのだと、改めて思わされるのである。
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