アルバムレビュー：Cass County by Don Henley

発売日: 2015年9月25日
ジャンル: カントリー、ロック、アメリカーナ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『Cass County』は、ドン・ヘンリーが2015年に発表した5作目のソロアルバムであり、
彼の故郷テキサス州キャス郡への想いを込めた、ルーツ回帰的な作品である。

イーグルス再結成後も活動を続けていたヘンリーだが、
このアルバムでは華美なアレンジを排し、
カントリー、フォーク、アメリカーナといった
アメリカ南部の土壌に根ざした音楽性へと回帰している。

ヴィンス・ギル、ミック・ジャガー、ドリー・パートン、ミランダ・ランバートら豪華ゲストを迎えながらも、
ヘンリー自身の歌声とストーリーテリングが中心に据えられ、
人生の後半に差しかかった男の静かな叙情詩が静かに響くアルバムとなった。

全米初登場3位を記録し、
批評的にも高い評価を受けた。

全曲レビュー

1. Bramble Rose

Tift Merrittの楽曲をカバー。
ミック・ジャガー、ミランダ・ランバートとの共演で、
失われた愛と時間を静かに、しかしドラマティックに描き出す。

2. The Cost of Living

メリル・ハガードとのデュエット。
年齢を重ねることの代償と、それでも生きる重みを、しみじみと歌う。

3. Take a Picture of This

青春時代の思い出と、変わってしまった現在を対比させる切ないバラード。
ヘンリーの穏やかな歌声が胸に迫る。

4. Waiting Tables

小さな町で懸命に生きる女性の姿を、
温かみのある筆致で描いたカントリーナンバー。

5. No, Thank You

都会の虚飾や偽善に背を向け、
シンプルな生き方を選ぶことへの静かな宣言。

6. Praying for Rain

干ばつに苦しむ農民の視点から描かれる、
現代アメリカのリアルな苦悩。
乾いたサウンドとヘンリーの祈りのような歌声が響き合う。

7. Words Can Break Your Heart

言葉の持つ暴力性と、それがもたらす痛みをテーマにした、
リリカルなミディアムバラード。

8. That Old Flame

マーティナ・マクブライドとのデュエット。
かつての恋が再燃する瞬間を、ほろ苦く描写する。

9. When I Stop Dreaming

ルービン・ブラザーズのカバー。
悲恋と絶望をしっとりと歌い上げる、クラシカルなカントリーデュエット。

10. A Younger Man

年齢を重ねた今だからこそ見える、若き日の過ちと無垢を振り返る、
ユーモアと自嘲を交えた佳曲。

11. Train in the Distance

逃れられない運命を象徴する”遠くの列車”をモチーフに、
人生の不確かさを静かに歌う。

12. Where I Am Now

過去を受け入れ、今ここにいる自分を肯定する、
アルバムを締めくくる穏やかで力強いメッセージソング。

総評

『Cass County』は、ドン・ヘンリーが
故郷とルーツ、人生の後半を穏やかに見つめ直したアルバムである。

『Building the Perfect Beast』や『The End of the Innocence』に見られた
鋭い社会批評や都会的な洗練とは異なり、
ここにはもっと素朴で、
小さな物語の中に人生の真実を見出そうとする視線がある。

それは、華やかさとは無縁だが、
だからこそ深く、そして温かい。

『Cass County』は、
変わりゆく世界の中で、自分の原点をもう一度確かめるための静かな旅なのである。

歌詞の深読みと文化的背景

2015年――
アメリカは経済格差の拡大、地方と都市の断絶、
新たな社会的緊張を抱えていた。

『Cass County』は、
そうした大きな社会問題を直接的に語るのではなく、
小さな町の一人一人の人生の中にある普遍的な痛みと希望を描いている。

「Praying for Rain」では、
自然災害に翻弄される農民の現実を、
「Take a Picture of This」では、
時の流れに抗えない人間の哀しみを、
「A Younger Man」では、
年齢とともに訪れる自己受容を――

ドン・ヘンリーは、
大きな物語の外側にいる”名もなき人々”の物語こそ、
本当のアメリカの姿だと、静かに語りかける。

『Cass County』は、
そんな人々の営みへの深い敬意と愛情に満ちた、
現代アメリカーナの珠玉の一枚なのである。